case8. 好奇心は猫を殺す/SCP-040-JP


 昼休み中、施設内の食堂でカレーをつつきながら資料をめくっていた。

 大型の施設なだけあって職員も大勢いると思っていたが、敷地が広い分人がばらけているせいで昼休みだというのに食堂は空いている。

 俺を含める研修生も人数が少なく、研究スタッフに聞いたところ他の施設の方に人数を振られているらしい。

 所属先に不満を持つわけではないが、純粋にどうして人数が少ないかということは気になった。


「一人で飯か?」

「あ、どうも」


 カレーを半分まで食べたところで研修指導員が向かいの席に腰を下ろした。

 分厚い眼鏡と白衣はいかにも研究者らしいが、短髪と捲られた袖からのぞく太い腕はインドアとは縁遠く見える。

 大学から科学オタク生活を続けている俺からすれば、彼は十分別種の人間だ。


「他の研修生達は?」

「さあ? さっさと飯食ってどっか行きました」

「……仲良くないのか?」

「そういうのはよくわかりません」


 職場の人間と仲良くするのが苦手なのはマズいとわかっているものの、人の性格はそう簡単に変えられない。

 社交性が低い自分がこの財団に引き抜かれたということには俺が一番驚いている。


「余程のことがない限り所属は変わらないんだ。仲良しこよししろなんて言わないけど、仲はこじらせない方が賢明だぞ」

「……了解です」


 予想通りの忠告を受け、素直に頷きながら資料をめくった。

 研修生用に作られたSCPオブジェクト報告書をまとめられた資料はそこまで分厚くない。

 まずは自分の所属先に収容されているオブジェクトを把握して、研修を終えてから他のオブジェクトについて認識していくそうだ。

 この世界には異常存在が蔓延っている。

 その数は数えているとキリがない程に多く、未だ発見されていないものもあるらしい。

 そんな異常存在・SCPオブジェクトを確保し、収容し、保護するのが俺達のこれからの仕事だ。


「あぁそういえば、これ何なんですか?」

「?」


 ページを何枚かめくって戻し、指導員に資料を回して見せる。

 その報告書はあるオブジェクトについて書かれているはずなのだが、他のものと比べて明らかに情報量が少ないのだ。

 そして文中にはある注意書きがされてある。



【警告:19██年のインシデント-040-JP-001の発覚後、以下の文章は対ミーム予防措置無しの閲覧が禁止されました。担当者は必ずセクター-8120-煤で処置253-〝柳煤〟を受けてください】



「これってつまり、何かしらの処置を受けないと詳しい資料が見られないってことですよね?」

「あぁ……SCP-040-JPか」


 指導員はオブジェクトの番号を確認すると苦笑しながら頭をかいた。


「あーほら、施設の端にでっかい収容室あったろ? ドアの前だけで説明した」

「何か小屋を丸ごと収容してるってアレですよね?」

「そう」


 数日前に説明を受けたオブジェクトなのはわかっていたが、どうしてここまで情報量が少ないのかということはまだ説明されていない。

 ただ俺達研修生に説明されたのは、かつてこの施設では大規模収容違反が起きたということ。

 そしてその原因となったのがこのSCP-040-JPだということだけだ。

 まぁ簡単に言えば、収容していた異常存在が曝露されてパニックが起こったということ。


「小屋の中に何かあるんですよね?」

「まぁ、それが知りたかったら処置を受けろって話なんだろ? 俺もよくは知らないよ」

「……知りたいと思わないんですか?」

「こんなところで働いててなんだけど、危険は冒したくない質だしな」


 なるほど、知らぬが仏というオブジェクトなのかもしれない。

 その存在を認識しただけで異常性を発動するオブジェクトは少なくないはずだ。


「名前を言ってはいけない、的な奴なんですか?」

「まぁ、会話、文章、映像、絵。どんな媒体で認識してもアウト。……とだけ」


 一体何だろう、とつい想像してしまう。

 真っ先に思い浮かぶのは気味の悪い化け物だ。

 モンスターや幽霊といった、見ただけで恐怖心をあおるようなもの。

 しかしそんな簡単なものではないだろうと、この財団に身を置いた自分の理性がすぐに抗議した。

 大概のオブジェクトはそんな生易しいものではない。

 いくつかの報告書を読んだだけでも……肝が冷えるような、胸くそ悪くなるようなものが少なくなかった。


「噂に聞いた話だと」

「?」


 黙りこくっていた俺を見兼ねてか、指導員が声を潜めて口を開く。

 周りには大して人はいないのだが……声を潜める必要はあるのだろうか。


「あの小屋の中には『井戸』があるらしい」

「……井戸?」


 何だ? 貞子でも出てくるのか?

 と日本人特有の安直な感想が出てしまったが、その井戸が何か関係あるのかもしれない。

 井戸、穴、水……ロープ? と頭の中で連想ゲームが始まった。


「……っていうか、それ俺に話していいんですか?」

「さあ?」


 さあって何だよ、と唖然とする。

 重要機密事項じゃないのか? と露骨に怪訝な顔をすると流石に指導員も気付いて苦笑した。


「噂だからさ。つか、もしその『井戸』が重要ってんならもう収容違反だろ」


 確かにそうではあるが、そこまで開き直るのもどうなんだろうか……。

 という言葉を飲み込んで、再びカレーを口に運んだ。ルーも米もやや冷めてしまっている。


「確実に言えるのは、あまり関心を示さない方がいいってことだな。何がきっかけになっているかはまだわからないが、今のところ〝直接肉眼であの小屋の中を見なければ〟問題はないとされている」

「……実験の結果で?」

「大規模収容違反からの教訓として」


 様々な媒体でアウト、ただし小屋の中を見なければ……ということは。

 きっとSCP-040-JPはあの小屋の中で見られるということだ。

 それが井戸とどう関係しているかはわからないが……それも知ろうとしない方がいいのだろう。


「今のところわからないのはこれだけか?」

「あぁ、まだ全部頭に入れてないので……そうですね。今のとこコレだけです」

「意欲があるのはありがたいことだな。お前みたいに好奇心旺盛な学者人間だと研究チームから声もかかったりするし」


 しかしこんな人数の少ない収容所に入れられて、スカウトなんてあるのだろうか……?

 俺は指導員と違い、オブジェクトのような異常存在には興味がわく質だが……それはいつか身を滅ぼすことに繋がるかもしれないが。


「……好奇心の塊ってのも、褒められたもんじゃないですよね?」

「考えようだろ? …まぁ」


 好奇心は猫を殺す、ともいうけどな。

 そう言い残すと、指導員は食堂を出て行ってしまった。

 残された俺はとりあえず目の前のカレーに集中することにした。

 ここの職員に爪痕を残すくらいのオブジェクトについて、今の俺はそれを知る手段はない。

 何より過去の過ちを繰り返すきっかけにだけはなりたくない。

 そう自制する恐怖心と、それでも興味を失せさせない探求心があることに自分で笑えてくる。

 きっと俺がこの財団に誘われたのはこの性格が関係あるのだろう。


「……猫ねぇ」


こんな俺がよく入団時の精神鑑定に通ったもんだなと思う。

だが、IDを渡された今となっては俺はもうここの職員だ。


「怖いもの見たさ、……じゃあ片付けられないよな」


 そう自嘲しながらシャーペンを走らせ、資料の裏側に小さく落書きをする。

 猫と聞いて、自分が飼っている三毛猫のイラストを描いてみた。

猫だけは昔から何度も描いているので可愛く描けるのだ。

 ただ……どうして一瞬猫の目を人間の目のように描こうかと思ったのかは、俺自身にもわからなかった。



[CREDIT]

SCP-040-JP「ねこですよろしくおねがいします」©ikr_4185

http://ja.scp-wiki.net/scp-040-jp

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