case6. 向こう側の声/SCP-1283-JP


 年の離れた兄はよく深夜に家を抜け出していた。

 まだ小学生だった僕は連れて行ってもらえず、兄が外へ何を探しに行っているのか知らなかった。

 何を探しているの? と僕は何度も尋ねる。

すると、いつか教えてやるから母さん達には内緒にしておいて、といつも言われた。

 そしてある日の明け方に、兄が僕を叩き起こした。


「起きろ!」

「……いま、なんじ?」

「まだ3時。それより、やっと見つけた!」


 ろくに寝ていないはずの兄は興奮しっ放しで、寝惚ける僕を急かす。

 体を起こして目をこする僕の目の前に、兄は携帯電話を突きつけた。


「……何か撮れたの?」

「音だけだけどな。まだ俺も聞いてないけど、ちゃんと撮れてた!」


 保存されたデータには21分と記録されており、録音開始時刻は夜中の2時過ぎだった。

 丑三つ時に外をふらつくなんて……と薄々予想していたことがまさに的中する。


「もしかして、心霊スポットでも探してたの?」


 僕が露骨にいぶかしむと、兄は笑顔のままブンブンと首を横に振った。

 携帯画面の明かりが僕等の周りをうっすらと明るくする。

 兄の顔は光のせいで青白く見えたが、頬が赤くなっているのは容易に想像が出来た。


「心霊スポットじゃないなら何でこんな時間に……」

「いや、そういう名称じゃないだけで……えっとだな」


 そわそわしっ放しの兄と打って変わって、叩き起こされた僕のテンションは地の底だった。

 普段の兄は大学生らしく大人に見えていたのに、今の兄はまるで僕の同級生と同じだ。


「〝死者に会える踏切〟って、学校で聞いたことないか?」

「……もしかして、〝お化け踏切〟のこと?」

「そうか、小学校ならそういう言葉になるのか。とにかくそこを見つけたんだよ! うちの近所だっていうからずっと……ずっと探してたんだ」


 怖い話や都市伝説として最近学校でも有名な〝お化け踏切〟。

 ネットによるとどうやら僕の家の近所らしいということは知っていたし、噂にも含まれていることだった。けど、僕はあまり信じていなかった。

 代わりに兄は心の底から実在すると信じていた。


「じゃあ……まさか兄ちゃんは幽霊見て来たっていうの?」

「そういうこと!」

「携帯に録音したのは……幽霊の声?」

「さっすがお前だ! 話が早くて助かるよ」


 満面の笑みを向けられても、僕はまだそれらを信じていないんだけど……。

 僕の困惑をよそに、兄はよく回る舌で自分が体験してきたことを話してくれた。


「噂通り、2時に踏み切りで目を閉じて待ってたんだ。そしたら電車なんか通ってないのに踏切の音と電車の音が聞こえて来て……俺も散々色んな踏切に行ってたからさ、信じられなかったよ。それから20秒間しっかりと待ってると足が動かなくなったんだ。ここまでは噂通り。それで……!」

「……」

「…………」

「それで?」


 突然固まってしまった兄に声をかけると、兄はハッとして我に返った。


「それで……彼女が、いたんだ」

「!」


 その〝お化け踏切〟という噂にはちょっと変わったところがある。

 強く望めば、死んでしまった大切な人と会える……というものだ。

 それこそ都合が良すぎるし、ますます僕はありっこないと思っていた。

 でもそれがあったからこそ、兄はその噂を信じて、探し続けていたのだ。

 死んでしまった彼女と会う為に。


「……話は出来た?」

「あぁ……! 出来たさ、それも噂通り20分も……話せた。踏切の向こう側だったけど……彼女はいた……」


 兄の声は弱くなっていき、震え、そして笑顔のまま涙を流していた。

 僕も会ったことのある兄の彼女は、去年病気で亡くなった。

 最後に彼女と話したのは兄だったらしく、彼女の遺言通りきちんと元気に毎日を送っていたけど、やっぱりそんなにすぐには立ち直れていなかったのを僕は知っている。

 僕だけじゃなく、母さん達だって知っていた。

 でも今の兄の泣き顔はどこか晴れやかなもので、昨晩までとは大違いだ。


「何を話したの?」

「何って……別に、大したことないさ。私が死んだ後、元気にしてるかって聞かれたり、就職はどこにするか決まったのかとか……新しい彼女は? とか聞かれた」

「いないって言った?」

「言ったら未練たらしい男ね、って怒られた」


 ハハハと照れ笑いする兄は涙を流し続けた。

 1年間ずっと我慢していた涙を全て流すように、雫がポタポタと兄のズボンに落ちる。


「でも話してたら白い子供が出て来て、彼女を連れて帰ってしまったんだ」

「……それも、幽霊?」

「多分、何だか人間って感じしなかったし。彼女も『お迎えね、残念』って言ってたから」

「……ちゃんと言えた?」


 僕がそう尋ねると、兄は鼻をすすって僕の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

 涙はまだ止まらないけど、幸せそうに笑っている。


「言ったよ、大好きだったって。今も大好きだって」

「……喜んでた?」

「当たり前だろ?」


 彼女は「私も」と笑顔のまま行ってしまったらしい。

 彼女の姿が見えなくなると踏切の遮断桿は上がって、まるで夢でも見ていたような感じだったと兄は話した。

 そして目的を果たした兄は、明日から深夜外出はやめるとも言っていた。


「ところで、本当に音撮れてるの?」

「データがこうやって残ってるんだから大丈夫だって!」

「……」

「何だよ、幽霊の声でも聴いたら祟られるってか?」

「そうじゃなくて、霊感なくても聞けるのかなって」

「……それは、まぁ……聞いてみよう」


 それでもそのまま家の中で再生するのはちょっと気が引けたので、イヤホンを差して聞くことにした。

 片耳ずつ、兄と分け合って心の準備をする。

 アイコンタクトで「いいよ」と伝えると、兄が再生ボタンを押した。

 しかし、録音されていたのはザーッというノイズ音だけ。

 おかしいなと2人揃って首を傾げてもう少し進めて再生してみても、相変わらずノイズ音しか聞こえてこなかった。


(……やっぱりこういう機械には録音出来ないのかな? TVってやっぱりやらせ……?)


 兄の姿を見て、彼女に会えたことは信じてあげたいと思った。

 でも録音は失敗している。

 結局心霊体験なんて当事者にしかわからないものなのだろうか……と、僕は少し落胆した。


(でもこのノイズ音、ちょっと……)


 そう音に集中していると、突然ブツリとイヤホンから音が途切れた。

 何だ? と顔を上げると、兄がイヤホンを引っこ抜いている。


「何か聞こえた?」

「いや……ただのノイズ……だったけど……」

「……ど、どうかした?」


 先程までと打って変わって、兄は顔を真っ青にしていた。

 明らかに具合の悪そうな顔色に、まだ子供の僕はどうしようと戸惑うことしか出来ない。


「お、お母さん起こしてくる? それとも病院……」

「気分が悪いだけだ……心配するな」

「で、でも……」

「本当に大丈夫だから。……何か、ノイズ聞いてたら……気持ち悪く……」


 兄は脂汗をかき、立ち上がるとトイレの方によろよろと歩いて行った。

 そして、何故か兄は吐いていた。

 何度聞いても大丈夫だと言われ、それでも心配で、怖くなった僕はとうとう母を起こしにいった。

 泣きべそをかきながら起こしに来た僕に母は驚き、トイレで吐き続けている兄に血相を変えて駆け寄った。何か食べたか、熱でもあるのかと母は質問をしたが、結局原因はわからず。

 翌日病院に連れて行っても体に異常はないと言われ、兄もその日の内に回復した。




「それでまぁ深夜徘徊がバレた兄は両親に呆れられてたけど、それ以降はずっと元気だったよ。彼女のことも振り切れたみたいだったし、希望通りの企業に就職して、今は家庭を持ってる」


 話し終えた僕はコーヒーを一口飲んだが、周りの静かさに何だ何だとため息を吐いた。

 僕を囲むようにして話を聞いていた同僚達は皆、息をのんで固まっている。


「……皆が聞きたいって言うから話したんだけど?」

「いや、確かに聞いたけど……でも」

「何でこの財団に入ったかっていう話じゃ、なかったっけ?」


 僕等研修生は書類仕事中、どうしてこの財団のスカウトを受けたのかという話になった。

 給料や仕事のやりがい、ちょっとした好奇心だったり自分の能力を存分に発揮する為だという志高い話まで聞いて、僕の番は最後だった。

 だから僕はちょっとした昔話を皆に聞かせていたのだ。

 まぁ、半分はいい話、半分はただの怪談だけど。


「それで、それが入団とどう関係あるわけ?」

「その踏切さ、今も路線としては使われているんだけど……今私有地として通れないようになってるんだ」

「その〝お化け踏切〟が?」

「そう。しかも突然、何の告知もなくね」


 当時、僕等近所の学生はきっと昔誰かが踏切に飛び込んで死んだから幽霊が出るのであって、噂が立ちすぎて閉鎖したんだよと面白がっていた。

 僕自身も兄から幽霊に会えた話は聞いていたけど、兄の体調が一変したあの日のことがいつまでも頭を離れず、むしろ閉鎖されて良かったと思った。

 でも、その私有地として閉鎖した連中のことは謎だらけだった。


「だから財団に入ればわかると思ったんだ。でも結局、あの踏切はオブジェクトだったんだよね。封鎖してるのは財団だったんだけど」

「え!? そうなの!?」

「何だお前、こいつの話本気で心霊話だと思ったのか?」

「この世に存在するその手の話は全部オブジェクトだって決まってるじゃない。皆が知らないだけよ」

「そ、そんな~……俺はてっきり……」


 すっかり幽霊の存在を信じていた彼は周りに笑われ、誰かが「仕事に戻ろうか」と言うと皆自分のデスクへと戻って行った。

 僕は元々自分の席にいたこともあって、ただ作業を再開するだけだ。


「そういえばさ、さっきの話。録音の」

「うん?」

「お兄さんは吐いちゃったんでしょ? でもそうなる前、録音を聞いて何を思ったわけ?」


 隣の席の女性職員に尋ねられ、僕は「あぁ」と答えた。


「ほら、ホワイトノイズってあるだろ? 集中力が上がるとか、睡眠導入にいいとか。そんな感じでさ、聞いてて耳に心地いいなぁ……って思ったんだ」

「……幽霊の声が入ってたのに?」

「オブジェクトのね」


 そっかあと彼女は納得するとすぐ仕事へ戻り、僕も机に向き直る。

 ただ、あの時から1つだけ僕の中で解決していないことがあった。

 あれ以来、彼女との会話が入っているはずのあの録音データを兄は二度と聞こうとはしなかった。

 その理由を聞きたくても、もう僕はそれを聞くことは出来ない。

 僕が財団からスカウトを受けた頃、兄はあの踏切に飛び込んで死んでしまったから。

 警備体制もしっかりしていたのに、兄は無理矢理飛び込んだらしい。

 奥さんと子供のいる家庭、それと僕等家族を置いて。


(あと何年すれば、僕も入れるのかな……)


 兄の一件が僕の決意を固めさせた。

 入団すればあの踏切に踏み入ることが出来る、そして強く願えば兄にまた会えるはずだ……と。

 今度は僕が、兄との会話を録音して持ち帰るんだと決めていた。

 あの耳に心地いいノイズを聞きながら、兄を思い出す為に。



[CREDIT]

SCP-1283-JP「踏切のむこう」©rkondo_001

http://ja.scp-wiki.net/scp-1283-jp

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