第10話 うわん
暗い夜道を一人で歩いていた時のことだ。
なぜそんなことになったのかと言うと、冨田のお使いで少し遠くの商店街に行かされていたのである。基本的に優しく、周囲への気配りを忘れない冨田だが、時折急にどこそこの和菓子屋の饅頭が食べたいだの、期間限定の最中が欲しいだのと言い出すことがある。そして出不精の彼に代わって、その甘味たちを買いに行くのが私の役目だ。まあ、そういった諸々を含めても十分すぎる程の見返りを貰っているのだが。
紅廊館まであと数回角を曲がれば良いというところにまで帰ってきたとき、いきなり道ばたから「うわん!」といいながら何かが飛びだしてきた。
「うわっ」
私は驚いて、その場に尻もちをついた。
「なんだ?」
ところが顔を上げて相手の方を見ようとしたとき、そこには何もいなかった。ただ静かな夜道に自分の荒くなった息づかいが響いているだけである。なぜか転んだことが無性に恥ずかしくなった私は、立ち上がるとそそくさと紅廊館に帰った。
「それは、うわんですな」
私の話を聞いた冨田は言った。
「うわん?」
「そうです。夜道でうわんと叫んで現れ、人を驚かせる。ただそれだけの妖です」
「それだけですか?」
「それだけです。それ以外には何もしません」
「何も?」
「そう、何も」
それから老人はつぶれた最中を一口食べて、「あなたが上に座っても味には変わり無いですね」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます