第10話 うわん

 暗い夜道を一人で歩いていた時のことだ。

 なぜそんなことになったのかと言うと、冨田のお使いで少し遠くの商店街に行かされていたのである。基本的に優しく、周囲への気配りを忘れない冨田だが、時折急にどこそこの和菓子屋の饅頭が食べたいだの、期間限定の最中が欲しいだのと言い出すことがある。そして出不精の彼に代わって、その甘味たちを買いに行くのが私の役目だ。まあ、そういった諸々を含めても十分すぎる程の見返りを貰っているのだが。

 紅廊館まであと数回角を曲がれば良いというところにまで帰ってきたとき、いきなり道ばたから「うわん!」といいながら何かが飛びだしてきた。

「うわっ」

 私は驚いて、その場に尻もちをついた。

「なんだ?」

 ところが顔を上げて相手の方を見ようとしたとき、そこには何もいなかった。ただ静かな夜道に自分の荒くなった息づかいが響いているだけである。なぜか転んだことが無性に恥ずかしくなった私は、立ち上がるとそそくさと紅廊館に帰った。

 


「それは、うわんですな」

 私の話を聞いた冨田は言った。

「うわん?」

「そうです。夜道でうわんと叫んで現れ、人を驚かせる。ただそれだけの妖です」

「それだけですか?」

「それだけです。それ以外には何もしません」

「何も?」

「そう、何も」

 それから老人はつぶれた最中を一口食べて、「あなたが上に座っても味には変わり無いですね」と言った。

 


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