第7話 花魄

「面白いものをご覧に入れましょう」

 ある日、冨田はそう言って私を自分の書斎に招き入れた。

 彼の部屋には色々といわく付きのものが並んでいるというのは聞いていたが、実際に入ってみると想像以上だった。どこかの部族の仮面に日本人形、出処の分からない箱やお札、そして膨大な量の古今の書物。ほとんどが彼の好んで集めた怪異にまつわる物ばかりである。壁には猫のような動物を描いた掛け軸がかかっていて、達筆な字で『雷獣』と書かれていた。

「こちらでございます」

 部屋の一角に水槽が設えてあった。

 中には箱庭のように植物が植えられ、水が流れている。

 いわゆるアクアテラリウムというやつだ。紅廊館の庭から採ってきたのであろう苔が観葉植物などとともに綺麗に配置されている。そしてその上には小さな人型のものが座っていた。

「これは?」

 はじめは人形かと思ったが、水槽に顔を近づけるとこちらを向いてパチパチと瞬きをした。まだ幼さの残る少女の顔だった。

「この子は花魄かはくと言いましてな。以前中国に旅行に行った時、仲良くなって連れ帰ってきてしまったのですよ」

 じっと見つめていると花魄は恥ずかしかったのか、植物の陰に隠れてしまった。

「彼女は数少ない種族の生き残りなのです。だから最初は人間をとても怖がっていました」

そう言って老人は花魄の過去を語り始めた。


 あれはもう五十年ほど前のことですかな。中国では大規模な森の伐採が行われました。それまでは森にもたくさんの妖たちが住んでいたのです。しかし私が久々に訪れたあの国は、埃っぽい荒地へと姿を変えていました。水も空気も汚れ、人々の顔もどことなく悲しそうでございました。

 以前に私が訪れた森もいつの間にか切り倒され、大きな重機がうるさい音を立てて働いていました。もうそこには、動物も妖もほとんど残ってはいません。彼らの足跡を探して倒木の間を歩き回っているときに偶然、彼女が地面に倒れているのを見つけました。 非常に弱っていた彼女を宿へ連れ帰り、応急処置として水を与えました。しかし、彼女は植物が常に近くにないと長くは生きてはいけません。そこで私は紅廊館に彼女を住まわせることにしました。ここなら植物が一年中豊富にあり、私の世話が行き届くからです。


 そんな悲しい過去を持つ妖もいるのか。裏側を知ると彼女の目はどこか悲しさを帯びているような気がする。そしてその真っ黒な瞳は空で、虚しさを覚える。なんとも言えない虚無感と無力感で体がだるくなり、体から力が抜けていき…


「ああ、一つ気をつけてください」

 冨田が言った。

「彼女は木で首を括って自殺した人間の怨霊ですからな。彼女の目をあまり見ているとあなたも死にたくなってしまいますぞ」


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