まるで天女の幼馴染
俺は校舎から飛び出る。中庭。
息をわずかに切らせてたどり着くと、そこには俺にとっては異様としか表現しようのない風景が広がっていた。……まるでお祭りなのだった。
つまりは――それぞれの部活のヤツらが、それぞれの部活の部員らしくふるまっていた。
人だかりは、野球部もサッカー部もテニス部もバレー部もバスケ部も、俺が把握してないほどある部活、男女問わずそれぞれの部活のユニフォームでいっぱいで、ふだんは単色のはずのそれらはいまごった煮となってある種のカオス空間を生んでいる。吹奏楽部の奏でる勇ましいメロディは、始業式だの壮行会だのでいつも聞かされる演奏よりもずっとずっと音が伸びやかに聞こえる。花壇のそばでスケッチブックを広げて談笑している彼らは美術部なのだろうか。
俺は部活のことなど知らない。俺はもうこれ以上感情を動かされてはいけないと思った。だから人間関係は最小限にしようと……ゼロに近い小数点以下にしておこうと。そう思っていただけで、
……その選択は間違っていないと、むしろ自分は大層な決断をしたのだと、なんどもなんども喉の奥でそう繰り返すことで自分の気持ちをらくにしていた。
だから馬鹿にしていた気などなかったのだ、そんなつもりなどまったくなかったのだ、……でも。でもいま俺は。
このカラフルな景色に嫉妬しているのだと思う。
すくなくともいまこの瞬間、――鬼ヶ原では、ここは鬼ヶ原のはずなのに、だれもタレントをつかっていないのだ。いつもいつもタレントばかり使って小競り合いするだけのヤツらが、まるで……【ふつうの高校のように】。
呆然としながら、見上げる。首の角度は急傾斜。
……羽多だ。サークルを描く人だかりの、その中心そのてっぺんに浮遊しているそいつは――間違いなく、きょうだいも同然な、俺の幼なじみの泉水羽多だった。
着ているのはもはや真っ白かったいつもの弓道着ではない。桃色の羽衣、とでも言おうか――たとえるならば重ねに重ねた平安貴族の着物を、もっと薄く軽く柔らかくして、桃色だけにしたという感じ。その羽衣はひらりひらりと何重もの複雑な層を形成して風になびく、……いや、風は吹いていない。……それではなんらかのタレント、ということか。
羽多の立ち位置はおおよそ校舎の三階部分。だからおそらくは五メートルほどはこの地上との距離があるというのに、桃色のひらひらの尻尾は、いくつもいくつも地上すれすれまで垂れ流されていた。
人びとに見上げられながら願いでも捧げるかのようなコイツはいま、
……まるで天女。
そして、この場はまるでお祭り。
人だかりそのものもわいわいがやがやと活気づいているし、
人だかりの中心にいるヤツらはぴょんぴょんと跳ねて尻尾のようなその桃色の布に手を伸ばしている。歓声を上げたりガッツボーズをしたり、手を合わせて拝む真似までしてるヤツもいる。ありがたがっているようで、――面白がっているかのような。
縣暁も、当然のごとくそこにいた。いつもの通りあのぶっとい槍を地面に突き刺して、反対の端を上り棒のようにして掴んでいる。その顔は意地の悪そうな愉悦の笑みで満たされていた。
羽多はといえば、ただ微笑みのまま目を閉じて両手を合わせて願うかのようなポーズをしているだけで、本人は微動だにしない、……ぴらぴらと遊ぶ布とは対照的だ。
コイツの【羽多】という名前はいままででいちばん、いまこのコイツにとって輝いているんじゃないかと思った。羽を多く持ち過ぎたのだと――俺はわけもわからず、そう思った。
俺はこの大騒ぎを前にしてただ立ち尽くしている。
なにを……なにを、しているんだ。
だいたい……教師に許可は取ったのか。いやそういうことじゃないそういうことじゃないってことはわかるけど、こんなのは無許可だったら内申点にも傷がつくわけで、そうしたらこいつら全員だってもしかして【放校】になるかもしれなくて――。
羽多、おまえはそんなにもいつものように嬉しそうにみんなを見下ろして、なにを――。
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