そして、外へ

 がちゃんという音に目をひらく。鳥籠の扉が開いていた。同時に、シャワーが止む瞬間のように、目の前の水のベールも止まった。




 静かな部屋はこうなってみて見渡せばただの化学室みたいな構造の部屋だった。……一面水色なところと流れ落ちる水のせいで壁が確認できないところだけは、そのままだが。



 馬鹿みたいになんてことない部屋だった。



 俺は扉の開いた鳥籠から一歩踏み出すと、滑るかのように、その場に崩れ落ちた。なんでもいいから支えを求めて、鳥籠の鉄格子をも掴む。



『よくわかりました。悦矢。……あなたは愛を知ったのですね』



 ――愛だなんてあのひとの口から俺ははじめて聴いたよ。そんなもんも……知ってたんじゃねえかよ。ちゃんと。並みの人間らしくよ。



『……あなたは愛を知ったのですね』



 先生はいまこの瞬間も俺に訊いている気がする。

 俺はそれを、肯定したのだ。



『愛を知ったのですね』



 そしてこれからも永遠に俺に問い続けるのかもしれない。

 そのたび俺はうなずけるのだろうか。

 わからない。俺にはわからないことが多すぎる。

 ――でも、わからないということは、さしたる問題ではない。



 俺はとりあえず、鳥籠の鉄格子を支えとして、立ち上がった。

 水の音もしないだれもいない裁判室の床を制服の革靴で一歩一歩と踏んでいく。

 海の地面のようだった裁判室に背中を向けて。





 いま俺がとりあえずすべきことは、

 まるで世界みたいに、

 特殊すぎる広大すぎるこの学園で、その学園の校舎において、

 離ればなれになって裁かれた裁かれているはずの、

 鈴の似合う小さくて巨大な鬼ヶ原の生徒会長、

 昴を、――さがすことだ。




 部屋の外へ、踏み出した。

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