悦矢の話(1)昔はこういうのって、中二病といったらしいのだが

 いまだ淡く発光し、膝を抱える昴はやけに縮んで見える。落とした視線はもの憂げだが、見た感じがそうだからといって主観的に感情を感じているとは断定できないのだ。



「……わかるかい。悦矢。……つまりきみが僕にとってどういう存在だと想定されていたのか」

「ああ。推理なら、なんとなく、な。……俺は【第五回、高柱昴感情動作チェック】のために準備された試験道具だった、ってことか」

「そう。……そうだ」



 昴は立ち上がり、深々と――頭を下げた。



「……きみを騙していてすまなかった。僕は今回の感情チェックのことだって知ってたんだ。きみがそのせいで痛覚としても感情覚としてもとんでもなく苦しむというこたー予測済みだった、僕にとってきみの価値はその程度だったんよ、……ごめんな」

「いや、いいって。……おまえにそんなことされるとどうしていいかわからなくなる。座れよ」

「でも」

「いいから。そんなことしてたって状況はなんも変わんないだろ」


 そう言うと、昴はしぶしぶといった感じで座った。くるくると指を動かすと、微小なサイズの七色の蝶々が溢れて発光する。手すさびといったところだろう。

 ちらりと俺を見上げる。


「……このままだと悦矢、きみは僕の感情が出てこないかどうか、その道具として利用されて、それだけで終わっちまうんだよ」

「ああ。そうだな」

「だから。いまから僕が言うことをようっく聴いとくれ」


 蝶々たちはしゅっと消え、白い光もふっと消える。

 真っ暗闇。


「僕ができるのはね、じつはコピーアンドペーストだけじゃないんよ。……たとえるなら僕ぁショートカットキーだから、マウスにも画面にもふれないで相手のタレントに干渉できる」

「……そんで?」

「――きみのタレントを破壊する。そうすりゃきみがこの学園にいる意味もなくなる。人権を買い戻すのは困難だが無理じゃない。闇でもなんでもあるだろよ。タレントなぞなくとも一般人としてしあわせに生きてくれたまえな。……そうすりゃ、僕も報われるんだ」


 泣きそうな、呟くかのような、幼くもか細い声で。

 ははっ、と俺はあえてからりと笑ってみせた。


「……おまえ、感情ないなんてほんとかよ?」

「へっ?」


 きょとんとする昴。


「むかしむかしな、まだタレントも鬼のひとりも存在しなかったころ、【中二病】ってのがあったらしいんだ。知ってるか?」

「……そりゃ知らんねえ」

「タレント――異能力は存在しないと考えられていた時代ではな、タレントのことを、魔法とか超能力とかいって、憧れる若者が大勢いたんだと。……中学二年生のときにそうなりがちだっていうんで、中二病、って言われはじめたそうだ」

「いいことじゃないかい。そういう子ぉらがタレント開発に向けて、未来へ歩みはじめたんでないかいな。未来への礎よ」

「昴。……おまえはいつもそう考える。おまえは強い。強くあるべくして生まれてきた。だから仕方ない。……でもな、人類が全員、おまえほど高くて遠い理想をもっているわけじゃねーんだ」

「……どーゆー意味だいね」

「中二病ってのはな、タレントの発明をするような、そんな大層なもんじゃなかったんだよ。日常生活に退屈した、俺らとおなじくらいの歳のヤツらが、退屈ではない日常を想像――妄想するってことなんだ。……むかしのヤツらは鬼ヶ原のような世界を夢見たんだ」

「はあ。……こーいな世界をねえ。つーか、きみはよくそんなん知ってんな。知っとるならもっと早く教えておくれよ」

「俺だってこんなとこで役に立つとは思わなかったんだよ。……先生が、好きだったんだ。こういうの」



 俺の声は予想に反して、とくに震えてもいなかった。――先生のことを口にしたのはあれ以来はじめてだった、のだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る