脅し

 仮にも副会長がそんな目に遭ってるというのに、生徒会というおなじコミュニティで過ごしているはずの生徒会役員どもは、直立不動のままなにも言いやしない。

 ……そりゃそうか、目の前で上の立場であるはずの縣暁がこんなにも、ただ苦しいだけよりももしかしたらずっとつらい醜態、を、晒すというか、晒されていれば、なんも言えなくなるか、いやでもそれでも、


「おい……ちょっとひどくないか」

「ん? なんがね?」


 高柱昴の声はいつも通り明るい。


「……縣だよ。やりすぎじゃないか」

「自分をゴミ処理場に送ろうとしたやつをよーくまあかばうねえ、悦矢ってばあんがい偽悪者で、根は優しかったりするんかい? 雨に濡れた子犬とか拾っちゃうやつ? そういう典型的すぎて嫌んなるパターン?」


 口ずさむようにテンポよく言いながらけれども、その指の動きと縣暁のうめき声は、まあ、比例するわけで。


「ん。あー。だれか暁の動画と写真、撮っといてよ、生徒会で共有ねー。……ああ自分、スマホ出すん早いじゃん、将来出世するよー」

「……それだったら俺もぐるぐる巻きにしろよ」

「ん? せんよそんなこと」

「なんでだよ」

「だって、僕は悦矢には勝てんもん」


 あっけらかんと。

 縣暁のうめき声とスマホのシャッター音を背景にして。


「悦矢は僕と、この鬼ヶ原学園の生徒すべてが集まってやーっとおなじ舞台に立てるってな、そんな存在だろ? 悦矢のエモーショナルプログラムはきっと悦矢が思ってるよりヤバい代物よ。……感情兵器ってーのはほんらいあっちゃいけないもんだあ」

「……だったら。俺に言わせりゃ、高柱昴は俺と鬼ヶ原の全員が束になって、やっと倒せるくらいのもんだ。なんだよ能力のコピーって。……理解装置とかさ。イカれてんよ」

「褒め言葉、っと受け取っておこうかねえ」


 ははっ、と高柱昴は笑った。

 俺は力なく笑った。

 互いにこの学園において、つまりは世界においてとんでもなくヤバい存在だということだけは、――残念ながら合意があるらしい。



 ふっと、息をつくようにして真顔に戻す。

「……どうすればいい。俺は」

「僕ぁなんも強制すりゃせん。自由意志で選びたまえな。……退学か、生徒会か」


 そのとき、

 高柱昴の指の動きに合わせて、もうひとつの檻が、天井を高く高くのぼっていく。……この、塔のような、無駄に高い天井。

 そのなかには、クラスメイトが、――飯原凪奈が入れられているのだ。


「……おい、おまえ」


 高柱昴は澄まして天井を見上げて。


「――悦矢が生徒会に入るってサインさえすりゃー、すぐにこのアトラクションは閉まりまーすなんよ、っと!」


 牙が、きらめいたような気がした。

 勢いよく指を振り下ろす。すると、檻も――同時に、落ちる



「きゃああああああああああ!」

「ははっ、もっと泣けよ喚けよな! こんなん序の口だろが、死にゃあせんのだし痛くもないんだからさあ、なになにそんなに叫んじゃって、はっ、はっはー雑魚いな!」


 高柱昴は小さな指一本で、急降下させたりわざとゆっくり上へ上げて、脅したり、――子どもの残酷さにも似て、遊ぶかのように、弄ぶ。


「……やめろ」


 俺の声は、届かない。高柱昴の、タガが外れたような笑い声に、すべてかき消される。


「……やめろよ、おい、やめろ」


 きゃははは! と、その笑い声だけ聞いたら、無邪気とも、いえるのに。いや、違う。だから、だ、のにではなく、だから。

 やめろ。



 もう、自分が声を出しているかどうかもわからない。



 すべてはかき消される。強いヤツ、に。むかしもいまも。――変わらないんだよ。




 ……ああ。うるさいなあ。

 どうしてそんなに楽しそうなのか俺にも教えてくれはしないか。

 うつむくと、ちかり、と光が見えた。

 なあ、俺もこの光をあげるから、

 ――おまえら俺にもその楽しさをすこし、分けてはくれないか。

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