副生徒会長の、嫉妬
「……なにが言いたいんだよ。高柱昴」
「世界を変えよう、文字通りの意味で」
高柱昴はとてもきれいに笑う。――見慣れてきた。その、笑顔。
「……は?」
「僕と悦矢を、鬼ヶ原学園にやってくる羽目になったぜんぶの生徒を、ここまでにした一般人どもを粛清して風通りをよくして、オールドタイプの劣った人類ではなく、――僕たち、新しい<鬼の民>が生きていけるような、そんな、世のなかをつくろう」
あくまでも淡々として日常において雑談でもするかのように、なめらかに、壇上よりももしかしたらもっとずっとなめらかにそう語る――。
「……待ってくれ、どういうことだよ。急に理想論か?」
高柱昴は目を細めた。
「……ま。いますぐわかれたぁ言わんよ。……とりあえずこのままじゃあ自分、角谷先生さらいの誘拐犯になってみごと内申書が爆発するこたー、わかってらいな」
「まあな。……不本意にもほどがあるが」
「だったらとっとと見っけてき。……宝さがしだ」
「宝さがし?」
「だって角谷せんせをさらったんは暁だもんなあ」
俺はぎょっとして縣暁を――振り向いた。
縣暁。男子で種族はたしかロボット、鬼ヶ原学園二年、副生徒会長、ふだんは能面のくせに、ところかまわず槍を振り回すことで有名。
一部では、<鳥籠の罪人の断罪マシン>とも呼ばれているとかなんとか。
いま、生徒会室でも、高柱昴から絶妙に距離を取って控えている縣暁、なんど見ても相変わらずだ。ぶっとい槍を刃先を下にしてまっすぐかまえている。鋭い目も相変わらずで、同性の俺から見ても納得する程度にはまあイケメンだし、黙っていれば、槍をあたりかまわず出さなければ、そしてなにより生徒会の副会長でなければ、それなりに穏やかでモテモテな学園生活を送れただろうに。
縣暁は、微動だにせず口だけをはっきりと動かす。……うーん、ロボットらしいぞ。
「はい、わたくしの生徒会長。すべてその通りでございます」
驚きが通り過ぎると、ふつふつと煮えたぎる想いが湧いてくる。
――角谷先生は、あれでいて、けっして悪い先生ではない。
「おっ、まえ、なんで、なんでそんなこと、角谷先生はぶじなのかよ」
「生徒会長。彼の質問には回答したほうがよろしいのでしょうか。いさかか感情的に過ぎて論理性に欠けた質問であると判断いたしますが」
「ああ、ああ、答えたげてくれ。きっと悦矢はそのほうがいい仕事してくれるだろうよ」
「はい、生徒会長がそうおっしゃるのであれば。ひとつめ。事件の目的についてでありますが、それは矢野悦矢を排除するためです」
「……排除、だって? 俺を?」
「その通りです」
怒りや悲しみなんかより先に、ははっ、と乾いた笑いが漏れる。
「それこそなんのために」
「生徒会長、なぜなぜが重層的に続いていく可能性が現実的に高まってきたのですが、どのように対処すればよろしいでしょうか」
「その質問は答えたげて」
「はい、生徒会長がそうおっしゃるのであれば。矢野悦矢。あなたは邪魔だからです」
「邪魔って、なにに」
「生徒会長、」
「とりあえず、そーいねえ、いまから五分間は悦矢の質問にはすべて答えて。なんなら命令にするわ、僕が暁に命令するから、悦矢の質問に答えておくれなって」
「イエス、生徒会長。それではさきほどの質問に回答いたしますが、わたくしにとって矢野悦矢は邪魔なのです」
精巧なお面かと思っていた顔がかすかに、歪んだ。憎悪、とでもいうべき感情が目もとと口もとから覗いている。
……あれ。こいつ、感情欠乏症みたいなもんかと思っていたが、あんがいもしかしたら。
「……なんで邪魔なんだよ。俺が強いからか」
「半分正解ですね。……困るんですよね、あなたみたいな強そうなかた」
睨んでいる、俺を、――あきらかに睨んでいる。
「なんだよ。――嫉妬でもしてんのか?」
「なっ」
縣暁は奥歯を噛み締めたようだ。ぎりり、とでも音がしそうな。
「もしかして生徒会長が好きなのか」
「あら、そうなん、暁?」
「なっ……なっ」
すちゃっ、と音がしたときにはもう、縣暁は槍をかまえている。
「無駄口を叩くな切り裂くぞ、」
「あーあーほらほらねえねえ暁」
高柱昴は珍しく子どもをなだめるような声を出しながら、すっとひとさし指を立てた。指先からしゅるしゅると白い糸が出てきて、細くて柔らかそうだというのに意外としっかりしているその糸の群れはあっというまに縣暁の身体を包み込み、顔だけ出た繭のような状態にした。槍もいっしょにがんじがらめにしてあるが、こんなにぎゅうぎゅうな繭になってしまえば槍でぶった切ることも難しいだろう。
……それにしてもほんとうにずいぶんぎゅうぎゅうみたいで、あれだけ涼しそうにイケメン顔を保っていた縣暁が、なんだか、すこし苦しそうだ。顔もちょっと赤くなってきているし。
繭と高柱昴の指は直結しているようで、高柱昴が指をちょっと動かすだけで、縣暁は苦しいのかうめき声を出す。
「……せいとかいちょっ、え、なんで、」
「僕ぁね。いまべつの話をしてんだわ。……ちっと黙っとってくんない?」
「でもあの俺、じゃなくてあの、わたくし、……いままでこんなの、」
「……僕に意見すんなって言わんかったっけ? ああ、いやいや、べつに意見してもいいよ。そいは僕が決めることじゃなかったいねえ。けれども僕に求められてもねーのに意見したら、いっかいめ、にかいめ、さんかいめーって……指折るごとにどうなるか、ねえ暁、――自分はよぉく知っとるだろ?」
「……でもわたくしふ、ふくせいとかいちょ、」
「だからうるさいんだよお、僕いま忙しいし、そんな機嫌よくないんだよなぁ」
高柱昴はうんざりしたようにそう言うと、子どもみたいに小さなひとさし指をわずかな幅下に振り下ろす。その動きに応じてだろうか、縣暁を締めつけている繭は生徒会室のカーペットに勢いよく叩きつけられた。そして指を見もせずにくるくると回す。……まるでこれでは。まるで。
さなぎである繭というよりは、……地を這いずり回る芋虫だ、しかも痙攣した芋虫だ。
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