感情をもたない【理解装置】

 すると――生徒会長は、そっ、と目を開けた。



「……ああ。悦矢。よかったいねえ」

「……よかったってなにが」


 小さな生徒会長は、薄く笑ってさえみせるのだ。


「悦矢の力はすごいねえ。僕、実感したよ」

「……そ、んなの、そうだよ、それよりおまえ」

「平気なのか、って訊きたいんだろ。なして平気なんか、ってことも」

「そう。……そうだよ。当然だろそんなの」

「安心しーな。……僕にはなんの力も効きゃあせん」

「……なんだそれ、どういう、」

「――自惚れかもって、言ったろ、特殊なのはなんも自分だけじゃない」



 なにを言っているんだ。

 俺はその小さな肩からゆっくりと、手を離す。



「悦矢が<スーパーギフテッド>に開発されたいちばんの感情兵器なら、僕は、<バグインザワールド>に創造されたゆいいつの理解装置なんよ」

「……理解装置」

「そう。……あのひとはそーいなふうに、僕のことを呼んでたいねえ」



 高柱昴は、すこしだけ、懐かしそうな顔をして。



「僕はこの世界のすべてを理解するために生まれた」

「……無理だろ、そんなの」

「うん。無理って思うの無理ないわ。まあだからそんなんあのひとの戯言だったんかもねえ。でもねえ。……あのひとがそのように僕をつくった以上僕は、世界のすべての理解を目的に動いていくしかないんよな。……まあ。そんなこっちゃより、このことわかってくれたまえよ」


 生徒会長は、立ち上がった。

 いくら小さな生徒会長でも、立てば、座った俺よりは視線が高い。


「僕はなんでも理解できる。ことわりを解くという通りでね、僕に解けない理ってのはない。僕はすべてがわかるんよ。――ただし、論理的手段によってのみ、ってな但し書きはつくがね」

「……どういうことだよ」

「うん。つまり僕ぁいま悦矢が、すさまじい量と質の感情を持って、それを伝染させることのできる能力があるってなことを、理解したよ。けれどもほら、僕はなーんもダメージ受けとらんだろ、すくなくとも悦矢の目にもそう見えるだろ?」

「……ああ。だからさっきからそこが、気になってて……」




「僕ぁ感覚を知らない。もっと言えば感情を知らない」




 ――まさか。

 いや、でも、しかし。この状況を見て、――まさか、と言えるだろうか? 普通は、俺の保持する量と質の感情を体験したらマトモじゃいられないはずなのに――。



「僕のなかには感情というシステムがないから、いっくら他者の感情を取り入れようと、客観的に眺めることはできるがね、けれどもそいで、主観的に苦しむってことがありえないんよ」

「感情がない、って、そんなことありえるのか……」

「僕からしたら、感情があるってな主観的感覚のが疑問よ?」



 後ろに手を組んで、ぴょこん、と。……そうしていればただの女の子にしか見えないのに。



「……だって、おまえさ、笑ってるじゃないか」

「ん?」

「そうやって、……笑っているのに、いまもだし、おまえは、いつ見ても」



 ――楽しそうに笑っているのに。



「悦矢がそんな簡単なことがわからんとは意外だね。だって、感情がなくとも笑うことはできるだろ? 反対に、笑っとっても嬉しい楽しい幸せだ、ってなことにはかならずしもならんだろ?」

「……先生みたいなこと言うんだな」

「ん?」

「いやなんでもない。……それで」

「うん。僕のなかには膨大なデータベースがあるんよ、<類推のデータベース>ってな具合にあのひとと僕は呼んどるんだけどな、まあつまりこういう場合には笑うとかな感情の個人的傾向とかな、そーいなデータベースがありゃあ感情の表面を取り繕うことなどむしろシンプルすぎる作業なんよ?」

「……それ、言っちゃっていいのか。バレたら問題なんじゃ」

「うんにゃ? 理屈がわかったところで真似できないんは機械もタレントもいっしょだろ。……能力を【かたちだけであれば】なんでもコピーできる僕に敵などいないよ、でも、……矢野悦矢、僕ぁ自分だけぁちょっと怖いんだいな」

「……なにが言いたい。まさか天下の生徒会長サマが、ここまでやって仕組んで、まさか、俺に告白なんざするためじゃねえだろ?」

「そうねえ、まどろっこしいことはこんくらいにしとこうか。……僕ぁ自分に【お願い】があるんだいね」



【お願い】、だとよ、――白々しい。



「このままだと自分さぁ。角谷先生の誘拐ってことでまあまず間違いなく謹慎、停学、場合によっちゃ退学までありえるだろ? そりゃわかっとるいな?」

「……ああ。まあ」



 一般人の社会においてだって退学ってのは一大事なんだろうが、俺たちにとっては、その意味あいが若干異なってくる。

 停学。つまり、【逸脱者更生施設】であるはずの世界立鬼ヶ原学園でさえもうまくやれなかった、つまり社会復帰は無理、でもこの学園の生徒は野放しにしておくには危険すぎるからもちろん俺も、――つまり行き着く先など目に見えているわけで。



 高柱昴は唇を動かす。



「まあまず考えうるところは【廃棄処分】、ってこったな、あるいは【軍事利用】か【被実験体】か、どれが運がいいかなんてわからんがねえ。――でも自分、そーいな未来を望んでるわけじゃなかろ?」


 慈愛に満ちた、ような、顔をして。まるで俺を思いやっている、ような、顔をして。……しやがって。


「……それとも、ゴミといっしょに炎で焼かれてしまっていいんかい?」



 答えるのも、めんどくさい。


 べつに、いい。ゴミといっしょに焼かれるなんざゴミの俺にはお似合いの最期だと思う。俺は身体じたいは人間のままだから、きっとすぐに燃えて溶けて灰になって空へ舞い上がることができるだろう。



 先生に捨てられた時点で俺は一生、単なるゴミだ。そのことが、確定したんだ。



 けれども。

 ……けれども。

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