エモーショナルプログラム、発動
俺はゆっくりと、高柱昴を見た――恨みがましいとなんどもなんども言われ続けたこの目で俺は――高柱昴を、見た。
笑い転げていたのが、俺の視線に気がつき、すうっと目を細める。
「……なんでだよ」
俺の言葉だけが、豪華すぎる生徒会室で、ぽつり、と浮く。
「なんで、そんな楽しそうなんだ? なんでいつも、笑っているんだ? そんなにおかしいことがあるのか? 俺のなにがおかしいんだ、なあ、教えてくれよ」
ちかりちかりと光は増す、いっぽう、で。
「俺は、」
鉄格子は吸い込まれそうな黒色をしている。
俺は、ふっと笑ったままの呼吸で、言う。
……先生。こういうときってさ、
こうすればいいんだろ俺は――覚えているよ、
植え付けられているんだから、さ、
口を開く。
「――<さみしい>よ」
おそらくはこの場で俺だけが見ている景色。
背景すなわち【彼女】は、年甲斐もなく体育座りをして、まっくろな瞳でじっとりと俺を睨み上げ、海の底へそこへ沈んでいくような声で、いつものように。
記憶なのだろうが現実なんかより俺にとってはほんとうのリアルだ。
こぽこぽ、と、相も変わらず新鮮なコーヒーでも淹れるかのような声音で、彼女は、言う。
『<さみしい>か。<さみしい>のか。うーん、理不尽だなあ、不可解だなあ。それなら悦矢は――<どうしたい>?』
決まってる、俺は、
「<さみしい>から、この感情を、<取り除きたい>」
――そう言えば俺の身体に仕込まれたプログラムは実行される。
それが、俺のプログラムの、
――【感情兵器】の、スイッチだから。
そしてこの空間において、変化がはじまる。
目の前で次々起こる変化を俺はどこか遠いもののようにして眺めている。
俺のプログラム――<エモーショナルプログラム>。
至極簡単な構造で。<さみしい>でも、<たのしい>でも<くやしい>でも<かなしい>でもなんでも、俺のなかにその感情があれば、その感情がパワーの泉となって、<俺の感情に合わせた>世界をつくってくれる、外的世界を具体的に変化させてくれる、すなわち、
俺がなにかの<
つまりは、俺の感情が消えるまで、世界は改変を繰り返す。
……強すぎるプログラムだ。なにもかも、めちゃくちゃだ。それまで築き上げてきた秩序だって研究だって、なんもかも。
世界の法則そのものを変化させることができるならば、――世界なんていつ滅びたっておかしくないのだ。
多くのひとたちが、石を投げるようにして【彼女】を攻撃した。
けれども彼女ともあろうひとが、多くの人間ごときから投げられる石ごときでいまさら痛みを感じるわけもないのだった。
彼女は、彼女の言葉を借りて言えば、<究極のいじめられっ子>だったのだから。そしてそれよりなにより、彼女が仕込んだエモーショナルプログラムが、間違っているはずは、ない。――彼女はすべての議論に勝った。
彼女はエモーショナルプログラムをつくったのだ、俺がいま恐れられているすべてを、彼女は、彼女こそは、
天才のなかの天才、あるいは天才を超えた天才、
与えられしその才能を世界殲滅のために一点集中して用いている、
――<スーパーギフテッド>。
人類の上位小数点五桁以下。学校のテストなんか二足歩行と同時に解けるようになるし、そもそも学力なんて尺度ではかれない、いやむしろどんな尺度だってスーパーギフテッドをはかることなど無理に違いない、――彼らは新時代の尺度をつくるがわの人間なのだから。
俺は、
矢野深海という、……もはや世界のバグなのではとされる<スーパーギフテッド>、
すなわち、<バグインザワールド>のもとで育ち――サイキックとされた。
俺は深海先生の長い研究であった、感情に応じて発効するエモーショナルプログラムを組み込まれた、――いわばプロトタイプだ。
だから俺がジャンクとなった理由は単純。――エモーショナルプログラムの発動効果が、強すぎた。
世界を、彼女の意図しないかたちで滅ぼしてしまうのではというほど。
それだけのこと。
……それだけのことなのに俺は、
俺は――
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