ほんとうのところの、説明(2)この光を渡してはいけない

 俺はなにも言わないが、

 高柱昴は高らかに言う。



「……天才を超えた天才、<スーパーギフテッド>の科学者、矢野深海みう。彼女によって、人類最初の<エモーショナルプログラム>を組み込まれた――哀れにも恐ろしい感情兵器。その第一号の被験者であり、最高で最悪の失敗作。そいが悦矢だ、矢野悦矢という人間で、サイキックで、――でもまあ区分としちゃあサイキックでも、エモーショナルプログラムを組み込まれたヤツがさぁ、単なるひとりのサイキックで済むわきゃないよねえ」



 生徒会長は、にこにこにこにこ、と。

 俺は、頭のなかでなにかが、ちかりと光る。



「だってジブンはさぁ、――ひとの感情を操れるってこっちゃ。しかもジブンだけの恐ろしいところっちゃー、飛ばすこともできりゃあ伝染させることもできる。……もっと正確に言ったげたほうがいいかい? ――ジブンが感じている感情に、周りを巻き込むことができる。物理的に、ってことさー。……つまりジブンが悲しいと感じたら世界じゅうすべての人類を悲しませることもできるし、……もしも死にたいまでの絶望やらなんやら感じたら、それをすべての人類に伝染させることも可能なんだろ? 死にたいってーのが厳密に感情なんかどうなんなって議論もあるだろがさあ、そいでもそういう理屈だいね」



 ちかりちかり、と。



「しかもジブンのほんっとうに恐ろしいところは、共感だの理解だのってレベルでなくして、その感情そのままを――際限なく他者のこころにコピーすることができるってこっちゃ」



 光る……光っている。

 けれども俺はこの光を渡してはいけない。……いけないんだ。



「……なあ。悦矢はもう、この学園に二年以上もいるんだろ? なして、そんな事実黙って隠してたん? ……感情兵器ってだけでもヤバいこっちゃ。この学園にも何人かいるがね、全員、そんだけでもうお山の大将よ。そいつらができることなんざせいぜい触れた相手にその感情の劣化コピーを渡すことくらいなんに、そいでもこの弱肉強食な世界で充分、そいだけで、生き残れるってこっちゃ。なあ? 知っとるだろ。アイツらは矢野深海の弟子だかなんだかが作ったパチモンだ、オリジナルはこの世界を見渡したってさほどはいないし、オリジナルのなかのトップオブトップは間違いなーくジブンだろ。……感情兵器第一号だってことをバラすだけで、ジブンの人間関係はあっというまに変わってさ、劣等生の留年生なんざとんでもない、……それこそ僕と並べるくらいの内申書が保証されると思うけど?」

「……駄目なんだよなあ」


 光の環が炸裂するなかで俺は、それだけかろうじて、言った。


「生徒会長さんよ、アンタ誤解してるよ。俺は失敗作なんだぜ? 成功してたらそもそもここに来ないっつーの」

「……どゆことかい?」

「……アンタ、頭いいならわかんだろ。兵器が暴走することのリスクってもんをよ」

「……ふうん。つまりジブンは兵器として失敗作だったってことかい?」

「ああ」



 高柱昴の目がぎらりと光ったような気がした。



「……捨てられた。って、こっちゃい?」

「……ああ。そうだよ」

 俺はこめかみに手を開け、目を閉じ、すこしでも光から逃れようとする。




「……先生、は、――深海先生は、最後のほうには、俺の顔を見るたびに、俺に言ってたよ。兵器は必要なときに必要なだけの力を出力できるから兵器なんであって、……『私がスイッチをオンオフできないんじゃ、それはただの爆弾よ』って。……俺はただの爆弾なんだよ」


 こめかみに当てている手に生温かい息がかかる、俺は笑っているのだ、笑うしか、ない。もうそれくらいしか、俺に許された人間らしい感傷はないのだから。




「俺は深海先生の理想の兵器になれなかった。深海先生は俺を拾ってくれて俺を育ててくれたのに、俺は深海先生の理想じゃ、なかったんだ。……施設でかんしゃくを起こすことが才能なんだとあんなにも俺を褒めてくれたのは深海先生だけだ、俺の目を見て話してくれたのも、笑ってくれたのも、学校に通わせてくれたのも、おやつをくれたのも、……俺をだいじにしてくれたのも」



 なにを言っているのかわからなくなってきた。どうして。そもそも。こんなにも。





 ――どうしてそもそもこんなにも、光が見えるんだ。

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