捕らえられる

 ……テレパシー、か。そういえば、トランシーバー型だとか言っていたな。


 けれどもテレパシーにしては、耳もとで音声としてクリアに聞こえる。それに、どうもこちらの思考は向こうに伝わっている気配がない。



 飯原凪奈は俺から見てずっと前の列に立っている。前を向いたままだから、見えるのは背中ばかりで、口を実際に動かしているかどうかはわからない。――けれどよく見ると、後頭部の、ロボット特有のビー玉くらいの大きさのライトが黄色く点滅を繰り返している。


 どよめきでうるさい体育館のなかでも、その声は耳もとでクリアに聞こえる。



「いまからあたし、……校則違反、しますっ。失敗したら、矢野くん、あなたのその能力で、――あたしを殺してください」

「――こっ」


 殺す、……って。


「声をあげないで。……あたし、やって、みせますから」


 はたから見れば。その背中だけ見れば。

 飯原凪奈はうつむいておとなしく立っているように、しか、見えない、のに。



 ぶつぶつぶつっ、とノイズ音。



『……あー。あー、あー』



 声質は、いつもの、アンノーウンな校長の声。

 喧騒は収縮していく。



『……えーっと、あのぉ、つまり、そう言いたいとこなのですがぁ、んっと、その、犯人は、矢野くんじゃなくてあのそのこれは、いんぼうっ、であのそのあのっ、』



 行動が、開始された。

 その行動に、音はなかった。



 飯原凪奈ではない。彼は、槍を構え――壇上から、跳んでそのまま、飛んだ。翼などなくとも彼は飛べる。滑空するそのすがたは、まるでつばめのようだ。きゃあああっ、と黄色い歓声が上がる。しかし短い時間だった。すぐに、たどり着く、――飯原凪奈の真上に、


 そして、槍を振りかぶり、降ろすと同時に、槍の先から、カンカンカンッ、と鉄格子が溢れ出て――飯原凪奈はてらてらと黒く光る鉄格子に囚われて、いた。……サーカスかなんかで珍獣を閉じ込めておくような、そういう感じの、つまりは檻だ。


 槍の先から出ているその黒い檻は、引っかけられた鳥籠ともいえるかもしれない。むしろ本人は、好んで、鳥籠と呼んでいるようだから。



『……ん、え、ええっ、ふへふふへひゃっ?』


 いよいよ、スピーカーから漏れ出る声は意味のなす音を構成できなくなった。

 ひいぃーん、と巨大なハウリング音がして、スピーカーの音は、ぶつっ、と落ちた。



 彼は微動だにせず宙に浮いたまま、なんの感情も読み取れない顔で、――あえて言えばどこかさみしそうに、槍をただ手にしている。



 縣暁、――副生徒会長。鳥籠に、捕らえる技術はこの学園でも随一のもの。

 そして縣暁は――生徒会長に絶対的な忠誠を誓う、副生徒会長だ。



 生徒会長はすなわち、高柱昴。

 むろんのことながら、

 生徒会長は、いる。

 壇上に、いる。



 聞こえなくなったスピーカーを頂に抱くことは忘れずに、けれどもほんらいならば校長が立つべきその壇上を、背にして、生徒会長は生徒会長らしく、大仰に演説する。

 ――校則違反者が出たときに取り締まるのは、生徒会の仕事だ。



「ちょろいねえ、退屈だよお、人助けごっこか飯原凪奈? 悦矢もね、やだなあ、そんなん、退屈。ねえ、自分らさぁ、もうちょい僕を楽しませるってーなことすらできないわけぇ?」



 俺は気がついたら両の拳を振っていた。



「楽しませるためじゃねえだろ見せもんじゃねえんだぞ、」

「――いいや、ただの見せもんだろぉ? じぶんも、じぶんも、そらじぶんもっ! 文化レベルも技術レベルも倫理レベルももういやってほど議論し尽くされて飽和してさぁ、僕もじぶんもじぶんらぁもぜんぶぜんぶぜんぶっ! ――ミセモンだいなぁ、人類サマサマを愉しませるためのエンタメだぁ、人類史ここにきわまれり、【パンとサーカス】こそが本質っ! ――なぁ。悦矢。……自分なんざとくにエンタメだろ?」

「どうでもいいそんなこと!」

「……はっ。つまんねぇの。……僕ぁね、悦矢、じぶんにチャンスを与えてもいいんよ?」


 生徒会長は、眩しそうに目を細める。


「生徒会に入って更生していきますお願いします昴さま、っていまそこで土下座すりゃあさあ――更生者ってことで退学だけは免じてやってええよ? ははっ、教師さらいだぁ、しかも恩師をさらったたーなれば、重罪だぁ、なのに僕ってやーさしいねぇー?」

「……飯原は、どうなる」

「はぁ? 聞こえんねえ」

「飯原凪奈はどうなる、って言ったんだ! ……飯原は関係ないだろ! なんで――縣に捕まってんだよ、俺がおまえになんだ、土下座かなんかすりゃあ、飯原にも――手ぇ出さねえっていうのかよ!」

「……は。なんだい」


 生徒会長は、

 嘲る。


「悦矢さぁ――飯原凪奈が好きなん? やめときーって。……恋するなら僕にしときーよ」

「はっ。なに言ってんだ。お断りだよ。それとべつに俺は恋愛感情とかそういうことじゃねえよ。――俺を捕まえてえんなら俺だけにしろよっ、卑怯もん!」


 くわん、と俺の音の余韻が響き渡る。

「暁」

 高柱昴は命令としてその名を呼ぶ。

「はっ」

 飛ぶまでもない距離だ。けれどもすうっと、縣暁は飛翔して俺の頭上に移動してくる。

「……なぁ悦矢。ひとーつ、訊かせてもらっていいかい?」

「許可を取るなんざらしくねえじゃねえかよ生徒会長サマがよお」

「どうして僕じゃ駄目なん?」



 生徒会長は、

 ――微笑んでいた。



「僕じゃ、悦矢は、恋できないん?」




 ……なんだそれ、と思った瞬間、

 がしゃん、と。




 檻に囚われて鳥籠の鳥となった俺は、視線を上履きに落とし、それ以上、――言うべきことはなかった。

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