介入
執拗に繰り出される蹴り。
「ほら! ほらほらほらほらぁ! 痛いか? 痛くないのか? ――機械ごときに痛みなどないかぁ!」
主犯格は、嘲笑う。屈強なオリーブ色の身体に、濃い茶色の目。鬼ヶ原学園はいちおうは日本というエリアの管轄内であるはずだが、日本にとっての外国人らしい容貌をもった人間も、珍しくはない。とりわけ、ここでは、鬼ヶ原では、まったく珍しくないのだ。
……コイツは、自分自身が古代ローマ帝国の士官であるといつも自慢する。遺跡に残っていた細胞の再生に成功したのだそうだ。――けれどもその遺伝子の持ち主というのは歴史に名を残したような大人物では、ない、と、いつも裏では意地悪く噂されている。――どうせ犬死にした下級士官、【ただ古代ローマに生きた】というだけの一般人だよ、などと。
ご立派な遺伝子情報と過去を持つはずの彼は、無抵抗なロボット少女を蹴り続けてさらにうなるように叫ぶのだ。
「なんか言えよぉ! ――ジャンク!」
<ジャンク>――廃棄品、のこと。
この学園にいる、おそらくはすべての生徒たちが、それを言われることを厭って、――そして恐れている言葉。
「なあ機械ってさあ、痛いのか? 痛くないのか? ――ああ機械だもんなぁ、しかもジャンクだもんなぁ! ――あぁ、なぁ、こーんな物体、殴る蹴るも飽きないてこないかおまえら、なぁ?」
……取り巻きどもの、はぁ! だの、へぇ!だの、威勢だけいい返事がぴょんぴょんと。
「――不純異性交際は禁止、だっけか? じゃあ、……不純じゃなけりゃあいいってことだと思わんか、なあ、――なあ機械!」
ひときわ、強い蹴り。わずかな、うめき声。……ロボットも、うめく。
「ショーでもするか。……【パンとサーカス】ってな、知ってっか? 知らないだろうなあ! ――わが巨大なローマなんぞ雑魚ロボットは知らないだろう! ははは! ――じゃあ教えてやろうか? 見世物がありゃあ……ちっとはこのクズな二日常に潤いが持てるってことなんだよお!」
飯原凪奈は――背中を丸めたままで。
抵抗しない。どうしてだ。タレントを使えばいいのに……って、俺の言えたことじゃないな、そりゃ、まったく。
「――ロボットなんだから服だっていらんはずだよなぁ?」
取り巻きどもの。
漏れる苦笑とおどけたようなわずかな拍手が、とんでもなく、悪趣味だ。
俺は、小さく息を吐いた。
行き着く先は、<校則違反>、だ――こうなってしまえば、あとは見えている。警備員だのなんだの来て、大騒ぎ、……そして本日も静かな夜というのは存在しないことになる。
もともと毎日騒がしすぎる鬼ヶ原学園。
……俺は安眠したいんだ。せめて、夜くらい。
一歩、踏み出せば、すぐにたどり着いた。……教室なんて広いように思えても実際そう広くはないんだ。
主犯格の、元ローマ士官の、目の前に立つ。
しん、となる。教室じゅうが。暴力も、一時停止する。
目を見開くローマの兵士に、俺は、語りかける。
「……なあ。静かにしてくんねえ?」
ローマの兵士は、ははっ、と笑うと、視線を逸らす。……バツが悪そうに。
「やだなあ、矢野さん、……いつも黙って見てくれてるじゃないですかー。いまさら、ってか、いまさら。……なんですか?」
わざとらしすぎる、敬語。……俺が、留年生だから。
それは敬語という体をとってはいるが、まったくもって敬意やらなんやらということに基づくものではない。バカにして、かかわりたくなくて――だから、とりあえず、腫れ物に触れるみたいに慇懃無礼に敬語を使う。
「なんか。文句とかある感じっすか? 意外だなー、矢野さんってそーゆーの気にしないひとだと思ってました。……これはっすねいじめっていうかねー、」
「別におまえのなかでその行為の名称がいじめでもなんでもいいんだけど。……俺、今日ちょっと疲れてんだよ。まだ幽世時間、はじまったばっかだろ? でも、なんか眠くてさ」
うん。
そうだ。
今日は、いろいろありすぎた。
――<神に選ばれた生徒会長>。
小さな身長をして見下ろすような笑顔が、ちらつく。
「……俺、キレちゃうかもしんねえからさ。眠くて。……静かにしてくんねえかな」
やばいっすよ、と兵士の取り巻きが囁く。
そのあとの言葉も、はっきりと聞こえた。――コイツ生徒会長に気に入られちゃったんですから。
ローマの兵士は小さく舌打ちをしたが、すぐに強張った笑みをつくった。
「まあ。矢野さんが言うんなら。しゃーないっすね。……なんかちびっこ生徒会長とも仲よしのようだし? ……俺ら、静かに遊んでますわあ」
そう言うと、「行くぞ」と不機嫌そうに言って、取り巻きを連れて、教室にある暗いベランダに出て行った。校則には、ベランダに出ることがいけないとは書いていないが、【幽世時間における不用意な行為は慎むこと】という記述は、たしか、あったはずだ。
……けれど、やつらがどうなろうと。俺には、関係のないことだ。
俺は疲れた。今日。とても。……普段だったらしないであろうことをしてでも、静かな時間を確保した程度には。
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