いじめられているロボット少女

 教室では悲惨ないじめが行われていた。

 いつものことだ。俺は留年したせいでいまの二年の人間関係を知らなかったし、そもそも俺は教室においての人間関係などさして興味はない。そんな俺でも、すぐに把握できる程度には、彼女はいつもいじめられていた。


 俺はたいてい最後に教室に入る。俺が教室に入ると一瞬、しん、とする。だがすぐに喧騒は持ち直し、ふたたび盛り上がっていく。

 俺はここにいながらして、ここにいないことになっている存在なのだ。……なんて。


 教室の後ろで蹴られているのは、細くて小柄な女子だ。蹴っているのは、男どもばかり。

 ――飯原凪奈いいはらなぎな。その髪型はボブカットなどとお洒落にいうよりはただのおかっぱで、ビンの底みたいな眼鏡で目もよく見えず、あまり喋らない暗いヤツ。……いまも、殴られているというのに、声も上げずにただただ背中を丸めている。



 飯原凪奈の逸脱者たるゆえんは、たしかロボットだということだと思う。

 人間社会と同様で、一般に、ロボットはこの学園においても強い。理由としては、並みの人間ではできないこと、――電磁波を操ったり腕からいくつものナイフを出したり超音波を放ったりとか、そういうことができるから、ということもある。



 ――しかしそれ以上にヤツらが強い理由、学園において威張れるほどに強い理由は、

「死なないこと」

 という一点に、尽きる。



 もちろんヤツらだってぼろぼろに破壊されれば動かなくなるし、回路を切断すれば動かなくなる。まるで、死んだように。……けれどもそれは俺たちのように【生物学的に人間】であり、【ノットロボット】にとっての死とは、根本的に本質的に、異なる。


 ヤツらは、――部品を交換して修理すれば、生き返ることができるのだ。すくなくとも、理屈上は。

 めちゃくちゃなヤツらばかりのこの鬼ヶ原学園においても、身体が金属でできている種族は、ゆいいつ、ロボットだけである。ほかの種族のヤツらは、たとえどんな超人的な能力をもっていようと脳や身体じゅうをイジられていようと、皮膚も内臓も、人間固有のそれでできあがっている。俺が知っているかぎりでは、すくなくともそうだ。



俺のような<超能力者>や、あるいは<クローン出身者>や、ごくわずかだがこの学園にいるいわゆる、超天才、つまりは<スーパーギフテッド>――つまり、出自はふつうの人間だったはずなのだが人類では通常ありえないレベルでの異常な能力を見せた天才を超えた天才、あとはじっさいにいるのかどうかもわからないが噂で聞く、世界の不具合、あってはいけなかったはずの存在、<バグインザワールド>――、などといろんな存在がいるが、……、



 それでも、――身体を「修理」できるのは、唯一ロボットだけなのだ。



 それだから一般に、ロボットは暴力を恐れない。進んで戦いたがる。

 ロボットが、修理、してもらうためには、当然の理屈として、人類にそのロボットが有用だと認められなければいけない。たとえば戦闘兵器として認められれば、いくらでも修理してもらえるし、――場合によっては、ヘリコプターがつまみ上げてこの学園から出してくれるかもしれない、と想い描いているヤツもいる。……広い世界に出られるかもしれない、と。

 学園の外に焦がれるというのもまた、この学園において、ありがちな話だ。



 そういうわけで、ロボットというのはこの学園で大きな顔をしているし、また、暴力的なもんで。



 ――そのはずなんだが。



 飯原凪奈は、弱いロボット、という――それはそれで、逆の意味でけっこう珍しいヤツだった。威張らない力を見せない、というロボットなら少数だがほかにもいる。けれども、飯原凪奈のようにいじめを受けているロボットを、俺はほかに知らない。

 ロボットの痛覚は知らないが、うめくように声を上げているので、痛いのだろう……あるいはなんらかのかたちで人間でいう痛みというものと同等程度の不快を覚えていることは、間違いないだろう。


 飯原凪奈を蹴り続けているのは、超能力者とクローン出身者の集団だ。でかい顔をしているが、能力的にはたいしたことないヤツらばかり。……超能力者といえども乱暴に開発されたり適性がなかったりした場合は、スプーンを曲げるだけがせいぜいというレベルのヤツもよくいるし、クローン出身者に至っては、よっぽど有名な人物のクローンでもないかぎり「ただクローンである」ということでは、まったく、意味をなさない。……クローンといえどもその身体を構成するのは、生身の皮膚であり内蔵なのだから。

 ――ロボットのほうがアドバンテージがあることは、傍目にもあきらかなのだが。


 ……飯原凪奈。

 炎でも電撃でもなんでも、ロボット固有の能力のひとつでも見せたら、いじめなどあっというまになくなるだろうに。――飯原凪奈の能力は不明だが、まあこの学園だって能力を言いふらすようなヤツばかりではないし、能力不明ということはよくあることだ。……むしろ火傷したくなけりゃ、そっちのがいい。

 能力がないロボット、なのだろうか。……けれどそんなロボット、ありうるのだろうか。ロボットは、なんらかの能力をもつために造られているんだぞ?



 俺は立ち尽くしたまま、飯原凪奈がいじめられている光景をぼんやり見ている。いつものことだ。……いつもの、こと。ふと気づいて、教室の扉の引き戸をガラガラと閉める。開けっ放しにしていたらしい。開けっ放しにしていると、警備員どもがうるさいので、よくない。……俺はいいかもしれんが、怯えるヤツもいるし逆上するヤツもいる、それだと、ゆっくり眠ることができない。

 どうやら今日は主犯格の機嫌も悪いようだし。

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