生きやすい世界

「なんでよ。だって」


 高柱昴は、まるで俺の心をまた読んだかのように。


「悦矢にとっちゃー悪い話じゃないだろ? ……だいたいじぶんがまともに勉強だのなんだのして、内申点をこつこつ上げて? かなうわけがなかろーよ。悦也のタレントはさ、すべての能力値が、――感情によってひとを殺すことに振り切れてるってーわけだからさ」

「……過去のことだよ」


 俺が、兵器だったのは、……過去のこと。


「……だから、それを、現在形にしないかいってことさね。そのために、暴力を、……つまりタレント以外による能力を禁止する。理にかなってるとは思わないかい? ……僕についてくればな、悦也は、間違いない」


 そんなことを平気でうそぶいて、……眩しそうに、俺を見つめてくる。


「僕が命令してあげるからな。感情のことだって、すべてすべてぜんぶ」

「……どういうことだ?」

「こんな狭い学園に押し込められて、さぞかし窮屈なこったろ。じぶんの舞台はここじゃあないと思わんかいな? ……僕は、そう思う。悦矢の力は世界のために使うべきだって、思う」

「……世界平和なんて、」

「言わんよそんな寝ぼけたこと。……なあ。憎くないかいな?

 自分たちの都合で開発しておいて、

 僕たちを、こんな遠くに追いやった、世界が、憎くないかいな?」

「……そりゃ、」



 言葉が、続かない。



「……なあ。僕はこんな世界、おかしいと思うんよね? なあ、人類最凶の、ランクシックスの超能力者。矢野悦矢、」


 高柱昴は――言う。


「人類最高の、アンドロイドの僕といっしょに、」


 手を、差し出してくる。

「鬼ヶ原の鬼たちが支配する、僕たちの生きやすい世界を創ろう」



 ――その手も人工なのだろうか。

 俺は気になって、手を伸ばした。

 ……柔らかいその感触は、まるで、人工だとは思えなかったけれど。







 べつに好きで超能力者になったわけじゃない。

 そんなの、当たり前だ。いまの時代になって、揶揄と恐怖混じりに、超能力者、などと呼ばれるようになってしまった人間のほとんどすべてがそうだろう。


 俺の家は貧しかった。俺は、売られた。

 あの狂人――高柱天、の、……弟子の研究所に。


 人間として生まれてきたはずの俺は、人間であることを諦めなければならなくなった。



 ……恨んじゃないさ。


 殺戮兵器という【道具】、つまりは【モノ】に過ぎない「超能力者」に、ちゃんとこぎれいな服を着せ床で横になって寝ることを許可して犬とおなじエサでもなんでも食事を与えてくれたのだから。


 最初から自分自身なんかは人間じゃないと思えばよかったというそれだけのこと。




 そもそも――もはや生きることもできず死ぬこともできず、人類にとっての財産だのなんだのよくわからない理由で、その脳をねっとりとした液体に漬けられ、電気信号やらなんやらで永遠の夢を供給されるだけの哀れな、物体と化した【アイツ】を、いったいどうやって恨めというのか。

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