高柱天
この時代この国において、人類は、とてもとても幸福な時代を迎える――はずだった。
技術はおおむね予想通り順調に発達していって、富は飽和して、すべての人類がなに不自由ない生活を送れるようになった。貧富の格差は完璧に是正された。ひとしく教育を受け、ひとしくおいしいものを食べることができるようになった。平等、なんて謳い文句はうっとりとした夢ではなくなった。
――そこまではまあとりあえずは人類の発展といえるだろう。
それでは、次だ。脳科学も医学もなにもかもが進歩して、――人類は、望むまで生きられるようになった。すくなくとも、理論上はそれが可能になった。
当時の科学者たちや世論は、そろってこんな未来を描いた。――何百年も生きることは当たり前で、ちょっと生きるのにも飽きたね、じゃあそろそろ「死」とかいうものを体験してみようかね、と数百歳の人間たちが若く美しいまま、愛するひとたちと手と手をつないで、一切の苦痛なく「死」とやらを体験していく、なにも苦しいことのないすばらしい世界、そんな世界が当たり前に――なるはずだった。
シンギュラリティ問題、という問題は、ずいぶん前からいわれていた。――西暦二〇四五年に、人類のつくり出した人工知能が、人類の知能を超えるといわれていた問題である。
人工知能は、すぐにこう呼ばれるようになった。アンドロイド――もとは、人造人間、という意味だった。……その時代にはついに、人工知能を搭載したアンドロイド研究がはじまりつつあったのだ。
もちろん、多くの研究者や学者や技術者が、真剣にこの問題に取り組んだ。コンピューターとの対話、数学的原理の制御、実際的問題の予測、人類の叡智が結集され、さまざまなアプローチで、――人類はシンギュラリティ問題までも乗り越えようとしていた。
だが、そんな時代に。
……狂人が、あらわれた。
そいつだけが見ることのできるそれはそれはきれいなお花畑で、くるくるくるっと永遠に踊り続けるような、――頭の先がそれこそ天空と直結しているような、ふわふわほわほわしてるくせに世界の方向性を決めてしまった、イカれ女だ。
人類最悪のマッドサイエンティスト。
高柱昴は、そいつの娘だ。――ただし、マッドサイエンティストの開発したアンドロイド、という意味でだが。
そして俺もまた、ある意味では――高柱天によって、すべてを決定づけられた。
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