暴力なんて、知らない

 ――生徒会長は、いったいどこから、どのようにして、俺の真実の能力を知ったのか。そしてなんの目的で、俺をわざわざ呼び出したのか……。




 放課後――。

 噂でしか聴いたことのなかった豪華絢爛な生徒会室のど真ん中で、俺は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。媚びではない。呆れ果てて、だ。



「――で? なんだよこれ? ……え? どゆこと? あの。どういうことでしょうか?」

「僕は悦矢の自由意志を尊重するよ?」


 ……セリフと状況が一致してねえぞ、生徒会長サマ。



 高柱昴は――明らかにこの場においての「王」だった。



 そもそも生徒会室。内装からして異常なのだ。赤じゅうたんとか金色のソファとか、突っ込みどころはたくさんあるが、百歩譲ってよしとしよう。

 ……だが。どうして生徒会長サマがどっかりと座る金色の王座。……王座、としか言いようがない。あれ? 生徒会長って王サマなんだっけ?

 そして「生徒会」という腕章をつけた人間がずらりと俺を取り囲んでいるのも、おかしくないデスカ? あとなんで槍とかもってるのカナ? あとのそのロープみたいなのなんデスカ? なんでみなさまでロープもってるの? おかしすぎないデスカ? ……古くさいロボットみたいな言葉遣いになっちまうよ。思わず。



 ……ここはほんとに現代日本の高等学校ですかね?

 いや、その、そりゃ鬼ヶ原だけど。鬼ヶ原だからこんな独裁政治みたいな生徒会室も許されるのか? ――地上の普通の高校だったらこんなのありえないよな?



「……僕は悦矢の個人意思を尊重する」


 そんな、王サマ。

 高柱昴は、笑顔で繰り返す。


「悦矢は、したくないことはしたくないと拒否していいし、望むことを主張する権利があるんよ」

「……本題に入れよ。ずいぶんものものしいじゃねえか、あぁ? 俺は暴力には屈しねえぞ」

「……つれないやなあ」


 昴は笑顔のまま、右手を小さく上げた。シャキッ、と音がして振り向くと、この部屋に控えたやつらの無数の槍がこちらに向けられている。……おいおいおいおい。


「知ってっかい? パシフィズム。絶対平和主義、ってな考えかたがあってなあ。絶対に暴力はない戦争もしない、例外はなしよ、自分を守るためとかってーのも当然駄目さー、そいでもって平和になろうってな思想なんよ。……なあ。悦矢は、どう思う?」



 生徒会長は、犬歯を剥き出しにした。


「――悦矢ほどの実力がありゃあここにいる生徒会役員八人くらいぶっ倒せるだろ? ……そんくらいのもんがわからんほどきみはさ、弱者じゃないはずよなあ?」


 俺は深く息を吐く。わずかに、自分の視線がさまよっているのを感じた。

「……俺は、無能だよ」

「わからんねえ。――悦也の持つ力はどんな暴力よりも強いはずなんに。……こいつらの槍なんか、……悦也が怒ってその感情を解放さえすれば、どーん、一発だろ?」


 俺は、なにも答えない。


「あいにくね。僕は暴力、っていうかねえ、暴力になりうる力についてはさっぱりなんよ。なにぶんこの背丈に体型だろ。体格にも恵まれんかったもんでなあ」

「……暴力なんて、知らない」

「ああ、そうなん? じゃあさ、――なあ暁。悦也に、暴力で勝てる?」

「はい」


 暁、と呼ばれた男が無表情に答える。細いフレームの眼鏡をした精悍な男。……集会のたびに高柱昴のそばに控えている。縣暁……この学園の副会長。


「――はい、わたくしの生徒会長。矢野悦矢の潜在能力は常人と比較するとけた違いです。――けれども彼がそれを濫用しないという状況のうえでは、槍を持った状態ではわたくしのほうが圧倒的に優勢でしょう」

「ふむふむ。じゃあいま暁は悦矢に勝てるん?」

「勝つ、ということの定義をお願いいたします、わたくしの生徒会長」

「――殺すってことよ?」

「ああ、それならば、」

「おいまてまてまてまておかしいだろおかしいです。なんで急に殺人事件始めようとしてるの」

「まあ。そういうわけでなー。僕は悦矢の自由意思を尊重するってわかってくれたかい?」

「さっぱりわかんねえよ! なんでいまの流れでそうなるんだ!」


 高柱昴はそれには答えずに、ふっと、……どこか妖しい微笑を見せた。


「――なあ、悦矢。じぶんさあ、いままで生きるんつらかったろーね?」

「……はぁ?」

「僕が子犬の女王なら、じぶんはバケモンの奴隷ってとこかい?」

 バケモン、という言葉が、化けもの、という意味として頭に届くまでに、少しばかりの時間がかかった。……どうしても、頭が拒否する。この期に及んで。

 あのことに、俺の能力に、……先生にかんすることは、すべて。頭が拒否して、理解が、思考が、……鈍くなる。



 昴は目を閉じた。……なにかを慈しむかのように。

「……この学校がおかしいことは知っとろうが」

「……ああ。とっくにな」

「そりゃあ、じぶんみたいなバケモン、いっぱい飼ってるからだよな」


 昴は、ゆっくりと目を開けながら言う。


「じぶん、この世の理において発生してしまったエラーとでもいおうかね。……世界のことさえ変えられる」

「……俺はただの失敗品だ」


 ふふっ、と生徒会長は笑った。


「――だったらこの学校は失敗品ばかりだなあ?」

「いいんじゃねえか。そもそもこの世界が失敗品なんだ」


 生徒会長は笑う。もういちど。


「――そりゃあこの世をつくった神さんに失礼じゃありゃせんかねえ」

「よく言うよな。ここでの神は、高柱昴。おまえだろ? ……自分自身を神と呼んで崇め奉ってほしいのか?」

 生徒会長は、――高柱昴は、目を細めて。



「……誤解だよ。そんなこと、ありゃせんよ」



 優しい声で、そう言った。

 それは、たしかに、……なにかを確実に否定していた。

 なにを否定したかったのかは、――よくわからなかったけれど。

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