<エモーショナルプログラム>

 俺は感情を欲求して生きている。望んでそうなったわけではない。先生、に――先生が俺を、こういった、身体にした。俺はもとはふつうにふつうの感情を感じる、人間、だった。……だからこそいま俺はサイキックという括りなのだ。



 感情を欲求すること。



 思考ではない。願望でもない。そんな理性的なものではない。近いのは本能、だろう。食欲や性欲とはまた異質なものなのだが、無理にたとえるのならばいちばん近いのはそれらだ。ほしい、ほしい、とにかくほしい、満たされるまではずっとほしい。


 俺の場合はそういった欲求が感情に対しても向く。俺はひとりきりでは、自立して感情を生み出すことが困難だ。まったく不可能ってわけじゃないのだが、なんというか、俺の感情はひどく【奇妙】であるらしい。



 たとえば、かりに、俺に好きなひとがいたとする。告白してオッケーをもらっても、頭ではうまくいったと思っても、それが嬉しいといった気持ちに結びつくとはかぎらないし、嬉しいときに笑うということがよくわからない。そしてたとえそのひとが死んだ、ら、頭では悲しいことなのだとわかっていても、どうも、うまく悲しむ自信がない、いわんや泣くことをや、って感じだ。俺の意識はつねに、分厚いヴェールなどという、矛盾したような壁を通している。

俺は感情というものがほんとうにわからない。



 あるいは楽な人生かもしれない。俺に、じっさいそう言ったやつもいた。



 けれども俺は、人間として適切で健康で自然な状態では、ない。諸説あるようだが、感情というのもまた、人間を守るための防衛機能だ。

 わからない、ということは、

 嬉しくないのは、悲しくないのは、

 嬉しいときに笑えないのは、悲しいときに泣けないのは、

 それがないってことは、……もっと正確に言うのならばそれを奪われた俺は、



 俺は、べつのやりかたで自分という人間をまもることになる。



 俺には難しい理屈はよくわからなかった。

 しかし、つまりは――俺は。



<エモーショナルプログラム>――感情プログラム。

 人間の感情をいじくることにまで手を出してしまった人間の、傲慢で狂ったプログラム。

 もともとはただの人間だった俺は、このプログラムを、

 感情を兵器として軍事利用しようとした研究所のトップの研究者に、

 世界でも第一番めのエモーショナルプログラム被験者として、

 埋め込まれ、

 暴走して、


 ――あっけなく俺は【失敗作】の烙印を押され、


 あとで知ったのだが、俺の人権はいつのまにか研究所によって停止されており、

 ジャンクとして、つまりは、……【失敗者】として、

 その強すぎる能力はそのままに、

 いずれ【修理】する可能性を残したまま、

 ――鬼ヶ原学園に入学するという処分となった。

 そして、研究所のトップのその研究者というのは、

 ――俺を育ててくれたひと。


 俺の名前は、矢野悦矢。

 先生の名前は、矢野やの深海みう



 ……恨んでないよ。恨んでないさ。

 どうせ死ぬ身だったんだ。

 先生を恨めるわけがない、じゃないか。



 ……先生。

 でも、ひとつだけ聞きたい。


 ――先生を思い出すたび発生する、このよくわからないこのコレを、なんと呼んだらいいんですか、これは感情なんですか。

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