実力差、そして支配

「――生徒会長さんっ!」


 グラビティ・ゾーンの持ち主の声で俺もわれに返る。


「どういうことですか……まさか俺のタレントを!」

「ああ、うん。自分の訴えぜんぶぜんぶ聴いとると時間かかりすぎるんでな、わりぃが心読んどいていいかい? そっちのが早いし自分にとっても伝わるしーでいいんでないかい……あー、えっと、どーいにしよ……ああこれでいっか、中程度……とまでいかずとも弱すぎず……<シンパシー・テレパシー>……っと、」


 新入生たちはいまタレントが発動されたことなど気がついていないのではないかというくらいに、澄み切った小川がすらすらと流れるように、生徒会長はタレントを発動しながら話を進める。


「……うんうんわかっとるわかっとるよ、去年もなあ僕よくびっくりされたんよなあ……自分、新入生だろ、バスケ部かいね優秀じゃんね、そんだったらなおさら早いとこ知れてよかったなあ、自分は自分らの代の尊い犠牲よ」

「……どういう……」

「――けんどもなあ、思い上がりはたいがいにしときーよ? そっちのが自分のためだ、なあ……『俺の最強のタレントがどうして通用しないのか』なんざねえ、自分、…こーいな程度のタレントで恥ずかしかなーいん?」

「――なっ! よ、よくも……」


 ……あーあーあー。あんまり新入生いじめてやんなって。


「先輩といえども許せないっ……<グラビティ・ゾーン>!」


 生徒会長は指ひとつ動かすこともせず、ただ、冷たい一瞥だけをくれる。


「はいはい、そんじゃ僕もね、お返しよ。<グラビティ・ゾーン>っと」


 どかん、と床がへこんだ。一階にある体育館なので、地面も剥き出しになり、クレーターのようになる。新入生の列……おそらくは生徒会長に逆らおうとしたソイツを中心として、重力が増したのだ。周りに並んでいたらしいヤツらは、後ずさるようにして、あるいはそれぞれのタレントを発揮して、避難している。


 ……新入生は、うつぶせになって動けないようだ。容赦ねえよなあ、生徒会長。ちんまい西洋人形みたいななりしといてよ……。


「なあ。自分さあ。あんまし余計なことせんときーよ? 生徒会長からのアドバイスだいな。よーく覚えとき。……僕ぁいま自分の壊した天井を直したいんだ、内申点得るってのはそーゆーことよ。いいかい? 新入生諸君!」


 ぱら、と音がする。

 ぱら、ぱら、ぱらぱらぱら……と。

 恐怖心は――生徒会長に従う意思となっていく。



 けれども生徒会長自身は、もう新入生の列には興味もないらしい。天井を見上げて、思案しているようだ。

「んん。どっちがきれいに戻るかねえ、接着剤と時計だったら……なあ、諸君らどーいに思う?」

 答えるヤツはいない。必死に呻く哀れな新入生の声がじつによく通る空間だ。

「うぅん。諸君らも相っ変わらずツレないやいなあ。どっちでもいーんね? ……じゃあ暁。どっちがいいんかねこーいなときって?」

 生徒会長は、副生徒会長に尋ねた。<あがたあかつき>……太く長い槍といつでも仲よしこよしの、物騒なヤツ。


 ちなみに、武器を持つことはタレントと矛盾しなければ校則違反ではない。タレント発揮にかたちある武器が必要かそうでないかというだけの違いだから、武器という【モノ】がタレント発動に必要なのであれば、校則で禁止してしまったら平等ではなくなる。



 縣はおおげさにひざまずく。……天井まではぎりぎり届かないんだよなあの槍も。



「ハッ。私《わたくしめを選んでくださるとは光栄の至り。僭越ながら申し上げます。このケースにおいては接着剤がよろしいかと。時計は、軟弱な民どもが耐え切れない可能性があります。……この学園には留年したうえに、【タレントのない】という軟弱すぎる生徒もいる、という信じがたい噂もありますのです! しかし! もちろんのこと強者は弱者を切り捨てる権利がっ、ございます! しかればすべては生徒会長のご慈悲なのでございます!」


 くすくすと笑いが起こる。何人かの視線を感じる。

 いつも思うが……なんでコイツは俺を目の敵にしてくるんだ。まともに会話したことすらないのに。


 生徒会長は、あごに手を当てた。


「そーいなもんかいね。そんじゃあ接着剤にしよ。んーと、強度はどーいにしよ。あの蛍光灯だのなんだの上にくっつけるんはどーいな強さがいいかいねえ暁」

「中の下ランクの強度がよろしいかと」

「中の下ねえ……そんじゃこれかね、えーっと、<リタッチ・リアリティ>っと。……こいでちゃーんとくっつくんかいな。……ありゃ? ってかこりゃ単純接着ってーか復元系かあ、ミスったかなあ、こーいな程度のタレントはなあ加減すんのがむずいんよなあ……ああ。ん」


 のんきな声を出して、生徒会長は上を見る。……蛍光灯も吊りパイプも、もとの位置にすとんと収まった。


「……あー。これでうまくいったん?」

「ばっちりかと」

 縣は無表情のまま、手でマルのポーズをキメる。……高柱昴の手足と言われるだけあって、まあ、コイツも変なヤツなのだ。



「――そんじゃま諸君、そーいなわけでさ。校則は、僕の任期中までに変えるんでよろしくよ。部活は必然的になくなると思うんで、せいぜい名残りを惜しんどいてくれな。僕ぁべつに送別会やらなんやらは厳しくせんのでね。ああ。ちなみに。……反対してくれてもいいんよ? それは諸君の自由意志だ。……けんどもそれってーのは、僕と戦うことにほかならないって、……まあ賢明なる諸君ならわかっとるよね?」



 こーん……こーん……。

 狐の鳴き声のようなチャイムが、鳴った。……ふだんであれば生徒が全員それぞれの教室に揃って、ホームルームのはじまる時間。


「……先生がたいつもすいませんなあ、僕の演説に時間取ってくださっとってるみたいで。……ちょいと時間巻き戻しときましょか? 十分とか五分とか。軽程度のやつならそんなに時空も歪みゃせんですよ、……ああ、いいんですかい。そうですか。ありがとうございます。そーいなわけでね、――ありがと諸君、これにて解散!」

 高柱昴は最高に輝く笑顔を見せた。

 そして次の瞬間には、壇上からすがたを消していた。



 ……彼女に【取り込まれた】タレントは何百、何千とも言われているし、テレポーテーション系のタレントなど驚くべきことでもない。

 抗議の声を上げ、あるいは白けたように、体育館を後にする生徒たちのなかでもまあ、かわいそうなのは、新入生のアイツ……、


「――クソォッ!」

 ……自分がそれまでさんざんつくってきたであろう重力のクレーターの中心で、泣き伏す彼だ。……彼は間違いなく、いまの朝礼いちばんの、

 ――犠牲サクリファイス以外のなにものでもない。

 佐久間がとっさにフォローに入っていくようだ。

 俺は視線を逸らす。

 まあ。どのみち、俺には関係ない。

 俺はもともと帰宅部なのだし。

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