グラビティ・ゾーン

「――グラビティ・ゾーン!」



 新入生は高らかに宣言した。



 タレントを発揮するには、そのタレント名を叫ぶというワンプロセスが必須だ。なにも俺たちがわざわざ好き好んでそうしたいのではなく、世界人類社会の法律の【特殊逸脱者法】とやらで、タレントをそのように設計することは義務づけられているのだ。そうすれば、タレントを濫用された事故が多少は減るらしい。……そんなのは地上社会での話だが。


 だからまあ、能力名をわざわざ叫ぶこと、そのことじたいは仕方なくとも――ちょっと上ずったその叫び声で、経験がほとんどないことなど丸わかりだ。新入生、……どっか嬉しそうじゃねえかよな。


 グラビティ、というだけあって、重力系のタレントだろうと予想はついた。ほかの科目と同様俺は英語もできないが、さすがに鬼ヶ原にも三年めとなれば、タレントに用いられがちな英単語というのはわかるようになってくる。


 壇上をピンポイントで狙ったのだろう――壇上の蛍光灯やら吊りパイプやらが、淡く青く発光する。直後、ガッ、とおおげさな音を立てて外れる、そのまま落ちて――いこうとして、



 リン、と鈴のような音が不自然なほど大きく鳴り、

 蛍光灯やら吊りパイプやらは、――空中で静止した。



 高柱昴の金色のツインテールが――青い光をかすかに帯びて、その先端が上向きになっている。……蛍光灯と吊りパイプ、いまも発光するそれらとまったくおなじ質感の光。



「……ど、どういうことだよそれ、いまの、俺のっ……!」

 哀れな新入生が驚いて喚きたてる。

 だれひとりとして説明しない。上級生も、……すでに現実を知ってしまっている一部の新入生たちも。



 ――いまこの光景、生徒会長がおなじ質感の光をまとっていることが――すべてだ。



 蛍光灯やら吊りパイプやらといったものたちが、天井近くにふわっと浮く。

「――ふぅん。そうかい。【訓で読む】と、――<重力区分じゅうりょくくぶん>ってーのかい。ありがちだねえ、意味もまんまだいねえ、自分、マスターはだれだい。研究者としてちょいと言語センス足りんのでないかい?」

「なっ……!」

 いよいよ驚いた声を上げる新入生。ざわざわと、新入生の列だけがふたたび騒がしくなる。



 【訓読み】――それは、タレントの個人的事情を暴くということに直結する行為。

 タレントの名前は、基本的には英語名で管理される。英語は<暫定的世界人類共通語>であるから、タレントの申告をするときにも、開発者は英語名でその名前をつける。発動のキーもその名前になる。

 そこまでは世界人類社会で共通なのだが、

 かつて【日本国】であったこのエリアでは、いまだ【日本語】が用いられている。エリア特有のローカル言語という扱いではあるが、日常言語として英語を話す人間はいまもほぼいないだろう。じっさい俺も日本語しか喋れない。というか俺は、英語も含めて、勉強がめんどくさくて嫌いだっただけなのだが……。

 このエリアには、古来からそうであるといわれるように、独特の文化がいろいろあり――。

 タレント名の、――【音読み】と【訓読み】。それも、世界人類社会においても珍しい文化のひとつなのだそうだ。


 ほんらいは漢字の読みの区分を意味したらしいが、いまは漢字よりもまずタレントのほうの意味を思い浮かべる人間がほとんどだろう。日本語学者じゃなければ、ってくらいにもう、行き渡っている表現なのだ。


 【音で読む】というのは、英語そのままの発音のこと。いまの新入生であれば、<グラビティ・ゾーン>という名前がそれに当たる。こちらが世界人類社会基準では正式な呼称だ。発動のキーもこちらだし、書類もこちらの名前で書いてあるはずだ。


 対して――【訓で読む】というのは、音読みのタレントに漢字で名前をつけることをいう。要は当て字で、非公式で個人的なものだから、研究者がてんでばらばらに名づける。いまの<重力区分(グラビティ・ゾーン)>みたいにそのままの意味の場合もあるし、なんだか微妙に英語名とずれた意味の場合もあるし、ふざけたような意味の場合もよくある。……まあ、センスが問われるっちゃ、問われる。



 そういう意味じゃたしかに生徒会長の言う通り、<重力区分>に<グラビティ・ゾーン>はそのまんま、だが……。

 ……俺のよりもよくないか、とこういうときにいつも思ってしまうのは、やはり悪い癖なのだろうか。

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