高柱昴の演説

「――部長の言う通りだ! ふざけんな!」



 言葉とともに、丸められた炎が投げつけられる。だが炎は生徒会長の身体に触れる前、講演台のあたりでぱしゃりとしゃぼん玉みたいに消滅する。……バリアのタレントだろう。生徒会長だったら、対タレントのバリアを張るくらいのこと呼吸よりも容易だ。



「なんのつもりなんですか!」

「タレントを禁止って! そんなの俺たちどうなるんだ!」

「正気なんですか生徒会長!」


 おなじように水やら氷やら雷やら風やら、じつに種類豊富な大自然の素材たちが投げつけられる。そしてそれらに続き、石やら人形やらビームやら、念力やらなにかの波動やら、いろんなものが投げつけられる。


  ……俺はどうしてこんなにもみな生徒会長と戦いたがるのか、よくわからんが。いや。理屈を知らないわけではない。朝礼のいまこの瞬間ももちろん、教師たちは体育館の隅にいる。そしてそれぞれの生徒の素行をきっちりとチェックしている。

 つまり――ここでタレントを発揮すれば、内申書がすこし上がる可能性がある。【学校行事に積極的に参加する】という項目の得点が高くなる。


 ……それでじっさいみな生徒会長への恨みつらみもあるのだ。タレントを発揮しない手はない、ってことなのだろう。



 俺はぼんやりと、カラフルな戦場となった壇上を見上げている。


 鬼ヶ原学園のヤツらのタレントは、ほとんどが物理的な攻撃の系統に分類できる。ふだんの喧嘩ならばそりゃその力の強いほうが勝つ。鬼ヶ原において、タレントの強さはすなわち学園における強さだ。


 だが。

 それらのすべて、生徒会長には届かない。いつものようにえらそうだ。腕を組んで、体育館の舞台から、微笑んでいるのにぎらぎらした視線でこちらを見下ろしている。


 ……生徒会長がバリアのタレントをもつことなど、この学園の生徒だったらみな知っていることだろう。俺だって知ってるんだから。

 それに。……このちびっこ生徒会長にそう簡単にかなうはずもないって、みんな知っていることだろうに。見ためは幼くとも……コイツは、ヤバい。



 生徒会長、二年一組、高柱昴。ただでさえ全体の五パーセント以下のアンドロイドで――だが高柱昴のおそろしさはタイプだけに留まらない。……昨年、新入生の身でありながら六月には華麗に生徒会長に就任し、……いまもこの鬼ヶ原学園の絶対的トップの立場を貫いているのは、どういうことなのかと――そう考えれば、今年入ってきた新入生たちも、すぐにその意味するところを理解したらしい。


 けれどもここは鬼ヶ原だ。黙ってはいはいとうなずくヤツらばかりでもない。そもそも高柱昴はべつに好かれているわけでもないし、敵がものすごく多い。だからこうやって言葉としても物理的にもそれ以外の意味でも攻撃されることが多いが――高柱昴はそのすべてに勝利しているいう、いや、それを勝負ともみなさないほどに軽々と対処してしまうのだ。――いまこうして、数々の攻撃を涼しい顔で受け流しているように。



「諸君! ――新入生でも遠慮などせんでどんどん僕に【意見】を聞かせてほしい。僕はなんでも受け止めよう! 僕こそは鬼ヶ原の生徒会長――高柱昴よ!」



 駄目だ……あいつにタレントを投げつけては駄目なんだ。

 それは【生徒会長をさらに強くしてくこと】にほかならない。



 危険を察知したのか、佐久間も手を挙げた。タイムターイム、とわざと間延びしたような声で言う。


「――おおい俺いつも言ってるけどだいじなことだから繰り返すぞー、新入生は無理するなよー、意味ないどころか喰われるからなー」


 無理するな、というのは、思いやりなどではなくたぶん禁止命令なのだ。

 よくわかっているはずだ……責任感の強い上級生であれば、新入生に生徒会長の【特質】を伝えることは半ば義務のように感じているはずだ。……もう俺たちは仕方ない、けれど、新入生まで【そのような思いをすることはない】と。


 そう――高柱昴が演説で【暴れた】のは、今年度はこれが最初だが。

 それまで、いまの二年と三年は――どれだけアイツによって絶望感を味わったことだろう。



「――でも部長、こんなのって……だってタレント禁止って!」

 声を上げたのは、新入生の列に並ぶ男子だ……佐久間のことを部長と呼ぶということは、男子バスケ部なのだろう。……鬼ヶ原のエリートがわだ。


 ――まずい。そういうヤツはこういうときに立ち上がってしまうから。

 佐久間もそう思ったのだろう。


「ああ……仁保じんぼくんじゃないか。おはよう。きみはとても優秀だ。なにもいま無理をすることはない。――入部のときにも、話しただろう? 生徒会長は、」

「いけます……俺のチカラなら、いけますよ! これでも俺はですね、街ひとつ簡単に壊せるって評判なんですよ……!」


 ……街ひとつ、ねえ。

 悪くはないが、街レベルでは鬼ヶ原の平均ちょい上ってとこだ。ざっくりと分類するなら、平均といっていい。……ここ鬼ヶ原において、タレントだけで威勢を張るなら、国家レベルで脅威とされてはじめて入り口って感じだ。


 まあ……多かれ少なかれ、鬼ヶ原のヤツらは、地上では【バケモノ】扱いされてるものだ。わざわざ手間暇費用をかけて鬼ヶ原行きにするということは、地上で【危険】だと認定されたということだから。



 けれども……誤解してしまうのは仕方ないことでもあるのだ、



「部長も、タレントが強いほうが強くなるんだって言ってたじゃないっすか……ビビらしゃそれでおしまいなんでしょっ……!」


 ……鬼ヶ原という【ゴミ箱】に来るまでは、新入生の彼も、きっとその世界では【最強】だったのだろう。……だからその感覚がここでも通用すると思っている、のだろう。

 ありがちだ。……ありがちすぎて、俺はむしろいたたまれない。



 ほかのヤツらはもはやしんと静まっている。

 ……新入生の彼を止めるべきは、男子バスケ部部長であり公式部活連盟会長の、佐久間考志なのだが。

 佐久間は、なにも言わない。


 ……有名な話だが、佐久間のタレントはそう強いものではない。

 タイプもクローン。クローンは、歴史上の大人物のコピーならまだしも、ちょっと秀でていた一般人をコピーしたところでまあつまりそれはただの人間なのだから、ほかのタイプみたいな派手なタレントを持つ場合のほうが少ない。佐久間も、そっちがわだ。

 それなのに鬼ヶ原のエリートがわ、そのトップがわに成り上がっている。……だからこそ佐久間はおそろしいヤツなのだが、


 けれど、

 佐久間はこういうときになにも言わない、あるいは、言えないヤツなのだ。


 ……自分自身が強いタレント持ちではないから。

 口では無理せずなどとどうこう言いながらも――、



 ある程度の水準のタレント持ちが早々に現実を知ることをもまた、望んでる。



 ……それだけでアンビバレントな存在、

 アンビバレントな存在など、鬼ヶ原では珍しくもないけれど。

 まあ……佐久間のありかたは、ある意味正しいとは思う。

 タレントをつかって喧嘩して、力を見せつけることもまた内申点稼ぎだが、

 ……こうやって平和主義ぶってみるのも、ここの教師にはかなり効くようだから。



 静かななか、ひゅううっ、と音がする。新入生が、タレントの準備をはじめたのだろう。



「俺は――俺なら、止めてみせる! 俺のチカラは、ホンモノだ――!」




 どうでもいいけど俺は思う、

 養分だな、と、

 ……ああまたしても生徒会長はひとつ強くなってしまうんだな、と。

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