第一幕

高柱昴

 生徒会長の高柱昴たかはしらすばるは勢い余って、講演台に身を乗り出した。リン、と金髪の長いツインテールにくくりつけられた大きな黒色の鈴が鳴る。



「――そーいなわけで。栄光ある鬼ヶ原学園の生徒会長として、僕は、学園におけるタレント使用禁止を、校則として実装しようと思っとるんです」



 体育館はしんと静まる。

 俺も耳を疑う。……タレント使用禁止、だと? 鬼ヶ原で?



 生徒会長は、生徒たちをゆっくりと見渡していく。いつも思うが強すぎる光をたたえた瞳。


「水面下では進めとったんですがね、諸君の了解を得る前なんでな、当然まだ校則としちゃー実装できとらんです。だが僕は話を進めとります。生徒会は一丸となってタレント禁止を校則として実装してくつもりですわ。その一環として、今朝は朝も早くてすまないが諸君に集まってもらったわけです」


 さわさわ、さわさわ、と声が上がってくる。


「いやー待て待て待て待て。ちょっといいかな、生徒会長さん」


 明るい感じで手を上げたのは、男子バスケ部の部長だった。……そしてコイツは、<鬼ヶ原学園公式部活連盟>の会長でもある。


 この場はふたたびしんと静まり返る。アイツの言葉を待っているのだ。……アイツは立場が強い。のんきなひとりごとみたいで言葉を発するだけで、こうやって多くのヤツらがその言葉に注意深く耳を澄ませるのだ。



 鬼ヶ原学園にも、バスケ部のように地上の学校みたいな部活もある。運動部では、バスケ部もそうだし、野球部、バレー部、テニス部、サッカー部などなど。文化部だと、吹奏楽部や演劇部が強い。……地上の学園と違うのは、そのような部活であってもガンガンとタレントを使っていくところだが。


 ただそういった部活は鬼ヶ原ではエリートだ。タイプやタレントで条件がなくたくさんの部員が入れるという性質上、いろんなヤツが集まるし、そのなかで成り上がるにはけっきょくのところタレントがだいじだったりもする。……大手の部活は内申点も多く加算されるっぽいしな。


 そのなかでも男子バスケ部はたびたび表彰されるほどの優秀な部活だし、そこで部長をやっているというのはつまり、そういうことでしかない。……進路は確実だろう、なんならもうなにもしなくたって、コイツは【合格】に違いない。



 けれどもコイツは黙ってないで、トラブルも臆せずこうやって手を上げる、……たぶん、だからこそコイツは【英雄ヒーロー】とさえ呼ばれるのだろう。



 生徒会長はかすかに微笑みさえして、促すようにして手を伸ばす。


「ああ、どうぞ。僕ぁ自分のことよく知っとりますが、いちおうの決まりごとでしてね、お名前言っとりゃくれますかね」


 自分、というのは生徒会長の場合は二人称として使われている。つまり自分自身のことを言っているのではなく、この場合はバスケ部の部長を指しているわけだ。変わった二人称だと思う。というか生徒会長はこんな特長的な喋りかたをどこで身につけたのか、……まあどうでもいいけど。


「三年一組、男子バスケ部部長、公式部活連盟会長、佐久間さくま考志こうし。よろしく。バスケ部の部長として、そして部活連盟の代表者としても言わせていただきたいんだけど、それっていうのはちょっと現実的じゃないだろう。タレントを禁止したら困る人間がたくさんいるよね」

「そんでもタレントがあるから苦労するひとも、鬼ヶ原にはたくさんおりますよね。タレントの強さで自動的に生きやすさも強さも決まってくるってこったです。鬼ヶ原ってんは完全実力主義なんですわ、そんなん僕が言わずとも自分のがわかりますやいね、三年で、栄光ある男子バスケ部の部長さんでおられるんですけーな」

「いやいや。生徒会長の高柱さんほどじゃあない。……なあ、高柱さん、まさか本気じゃないんだろ? そんな冗談言って、俺たちを試しているのか?」

「いぃえぇ。僕ぁ冗談のためだけに早朝諸君ら呼び出したりせんですわ」

「かりに本気だと受け取るとして、……校則に実装、ということは、どうやって実現しようと考えている」

「ああ、さすがは佐久間先輩ですなあ、着眼点が現実的でらっしゃります。簡単ですわあ。鬼ヶ原は校則絶対主義ですが、校則を変える校則ってんも存在はしとるんですわ、その手続きに従うだけのことですわあ」

「……校則はだれでも変えられるのか?」

「そんなわっきゃありゃしません。そんなんおそろしいですわな。権限を持つんは生徒会長だけです、僕だけ。いま四月の終わりですいな。六月までは僕が鬼ヶ原の生徒会長なわけだけーな、僕ぁいまの任期のうちにこの仕事終わらすつもりですさーね」

「でもよ、タレント禁止したら部活だって成り立たなくなる。ほとんどの部活は、部員のタレントを前提としている、なんてことはわざわざ俺が言わなくても、生徒会長、わかるだろう。そこらへんの現実問題はどうするんだ?」

「――そいだから部活廃止しましょ。みーんな帰宅部諸君になりゃいいんです。僕だって生徒会長なだけであって、帰宅部なんですよ? そーよそーよ、僕が帰宅部の部長で諸君ら部員でいいでしょーよ」

「……はあ?」

 さすがの佐久間も面食らったようだった。


 ざわめきが起こってくる。……どうやら、生徒会長は本気らしい。

 佐久間はあくまでも明るい声で、――けれどもついにわずか敵意をその声にあらわす。


「どうしたんだよ、生徒会長。いくら鬼ヶ原の【高すぎる】高柱昴さんでも、ちょっとおかしいぞ。――鬼ヶ原でも最強のタレント持ちの高柱さんがいったいなにを言い出すんだ」


 そうだそうだ、といくらかの野次が飛んでくる。

 生徒会長は意味深そうに微笑んでいる。



「――僕がいままで冗談など言ったことありゃしました?」



 場はふたたび静まり返る。

 ……ない。たしかに、ない、と思う。



 高柱昴――コイツは名字がまさにそうであるように、あまりにも【高すぎる】理想を追うことで有名なのだから。



 部長は訊く。


「本気ってことかい?」

「はい、本気も本気、本気ですなあ」


 生徒会長と部活連盟会長は、体育館の舞台とそうでないところという距離を通して、それでもにこやかに笑いあっている。


 ざわ、ざわ、ざわ、と、ざわめきはもはや抑えきれないところまできている。

 佐久間がすっと右手を上げた。



「ティップオフ!」



 凄みの利いた声で――バスケットボールの試合開始を宣言するその言葉を、言う。

 まあ、うん、こうなるだろうとは思っていたが。



【タレント】が、発揮されていく。

 俺はため息を噛み殺した。

 けさも、……朝っぱらからうるさくなりそうだ。

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