鬼ヶ原学園の放課後のいつもの風景
後ろ手で面談室の扉を閉める。するとそこは、いつもの鬼ヶ原学園だ。
窓の外を見るとぼんやりとした紅色。まだ、部活もやっている時間。
外からは運動部のかけ声。廊下にはひと気はないが、並んだ教室からも話し声やら笑い声やらが聞こえてくる。遠くで合奏しているのは、おそらく音楽系の部活だ。
……それだけならばきっと地上の高校と同じなのだろう。
俺は部屋に帰るべく歩き出す。それだけでも、鬼ヶ原らしさは嫌ってほどに見ることができる。
窓の外では何人かの生徒たちがひゅうっと飛んでいく。【飛行部】のヤツらだろう。部長はたしか先天的サイキック。サイキックでも先天性といいう【天然モノ】は珍しいので、飛行部の部長もそれなりに有名だ。その頭にはでかすぎる黄色いりぼんをつけて、掃除用具入れに放置されていそうなボロい箒で後ろを振り向きつつも速いペースで飛ばしていく。あれは魔女のコスプレのつもりなのだろうか。
後ろに続くのも、空中を浮遊するタレント持ちのヤツらだ。部長みたいに箒に乗っているヤツらもいれば、なにも手にしていないヤツらもいるし、……でもバケツに掴まって空を飛ぶというのはどうなんだろうか。実際、飛んでいく速度も遅いし。
飛行部は【タイプ】でいうと、タレントの特質上サイキックが多いが、ロボットも若干名所属していると聞く。アンドロイドとクローンはまずいないだろう。タイプの特質上、飛行系のタレントを持つヤツが少ない。
もっとも、鬼ヶ原の生徒の六割以上はサイキックだという話だ。後天的サイキックは、ただの人間でも人材さえ確保すれば開発可能だから、ほかのタイプよりも安価で開発することができる。つまりそのぶん、鬼ヶ原に捨てられる【
足を進める。ここは三階だ。階段を降りていこうとすると、頭のなかに直接声が響いてくる。
『私の声が聞こえますか……あなたは……二者面談でおやつの時間も犠牲になった憐れなひとです……さあ、いますぐ……踊り場の下のスペースに来るのです……さすれば憐れなあなたを憐れんでおやつを差し上げましょう……』
俺は頭をかきむしって、ドンドンドンと階段を下りる。階段の手すりの下から、にこにこと見つめている多数の女子と一部の男子たち。コイツらは階段の下の用具入れを活動場所にしている。だから部活もじめっとするんだよ。
俺は階段の途中で立ち止まったままヤツらを見下ろした。
「おい、【人間心理部】! 俺は引っかからねえってなんど言ったらわかんだよ! 実験すんならいい加減別のターゲットにしろ! あとおやつとかどうでもいいから!」
にこにこにことしながら彼らはひとことも発さないが、テレパシーはなおも喰らう。
『だって矢野くんって無所属だしタレント不明だしっていうかタイプまで不明だしーっ、秘密主義でえ、珍しくって面白いんだもん。ねー』
『でもタレント不明で』
『タイプ不明で』
『留年したって』
『『『鬼ヶ原の劣等生じゃない?』』』
こいつらは実際には口も開けていないのに、くすくすくすくす、と嫌な感じの笑い声が重なる。気持ち悪いヤツらだ。俺は、テレパシーでこの気持ちを人間心理部のコイツらに伝えたくなどない。俺にはテレパシー系の能力なんかなくてよかったと思うくらいだ。
……ほんとのとこ、俺もタイプ的にはこいつらと同じサイキックなのだが……その事実すら知られたくない、コイツらには、とくに。
コイツらがそうレベルの高いテレパシストでなくってよかった。コイツらにできるのはせいぜいが自分たちのお喋りを俺の脳内に流し込むだけだ。他者の思考を無理やり読んでしまうたぐいのテレパシストだと、もうほんとうに厄介なのだ。
人間心理部。その名の通り人間の心理を追究するとか言っているが、要は【悪戯部】ってことだ。テレパシー系タレント持ちのサイキックしか入れないとかいう選民思想的な入部条件も相まって、もともとがめちゃくちゃなこの学園においても愉快な連中とはみなされていない。……もっともヤツらの内輪の絆は固いらしく、鬼ヶ原での学園生活をコイツらなりにエンジョイしているらしい。おめでたいヤツらだ。
やっとのことで玄関にたどり着く。上履きから靴に履き替える。夕暮れの校庭を前にして、思わずため息をついた。……ここからがまた、めんどくさい。
鬼ヶ原学園の校庭は馬鹿みたいにだだっ広いが、それでも収まりきらないほどの部活が存在している。運動部を中心として、一触即発の校庭確保争いをいつも繰り広げているそうだ。……かわいそうなのはそういうのを取り仕切る生徒会だよなあとも思うが。
玄関からでも、校庭で派手なオレンジ色の爆風が上がるのが見える。……ああこれめんどい部類のヤツらだ。俺はもういちどため息をつく。早いとこ通り過ぎてしまおうと思った。
だってあいつらぜったい【爆発部】じゃねえか。……ツイてないな、きょうは。いろいろと。
俺は砂を蹴り上げ、校庭のいちばん端を早足で歩いていく。が、進行方向に前ぶれもなく小さな爆風が巻き起こり、足を止めざるをえない。小さな爆風とはいっても、物理的に攻撃力のあるタレントをもたない俺にとっては危険でしかない。抵抗もできず、巻き込まれるしかないからだ。
そもそも爆発部なんていうのは危険なヤツらしかいない。【凶悪な愉快犯のかたまり】と言われるくらいなのだから。……アイツら絡んでばかりきやがる。こうやって。
「矢野くぅぅぅーーーん!」
赤と金の髪をトサカにした男子が、口に拡声器のように手を当てて俺の名前を呼んでくる。爆発部の部長だ。去年、おなじクラスだった。つまり俺が留年する前のクラスメイトだ。タイプはロボット。見た目のほとんどは人間と変わりないのだが、左腕だけが金属でできている。あの腕から遠隔操作で爆発を起こせるらしい。
他のヤツらもガラが悪いヤツらばかりだ。男子が多いが女子もいないわけではない。こうやってひとかたまりになると、髪の色がこのうえなく派手で目にきつい。けれどもそれでも、制服は崩しながらでも着ている。さまざまなタイプがいるという学園の特質上、髪やアクセサリーに対する校則はない。制服も着てさえいれば崩すことにお咎めはない。だが、制服を着ないというのは中程度の校則違反になる。
校則違反をすれば内申点が下がる。……【地上】の学校であればいざ知らず、俺たち鬼ヶ原の生徒にとって、内申点というのは重大な意味をもつものだ。ガラの悪い爆発部のヤツらでさえも、素直に従わせるくらいには。
……まあ。俺はもう、どうでもいいんだけど。すでに留年してるし。成績も態度もよくないし。べつに入りたくて入った学校でもない。【放校】という処分になるならそれはそれで、まあ、いいやと思っている。
俺がこんなところにいていまも生きる意味などというのも俺は、わからないのだ。
さっきより俺の足に近いところでもういちど、爆風が起こる。今度は水色だ。……ということは、さきほどのオレンジ色の炎よりも温度が高いのだろう。
「ツマンネェ面しやがって!」
「ああ、どうせ俺はつまらんよ」
ぼそっと呟いただけだし、この距離だったらヤツらには聞こえなかっただろう。音声を拡張したり他人の心を読むようなタレント持ちは、確か爆発部にはいなかったはず。なんつったいま、とヤツらがドスの利いた声で騒いでいる。振り切って、俺は歩く。歩く歩く歩いて。ただ、
威嚇するかのように爆音が重なるが、どうってことはない。じっさいタレントでほかの学生を意味なく怪我させたらどの程度の校則違反になるのか、物理攻撃系のタレント持ちばかりの爆発部の連中だったら、身に沁みてわかっていることだろう。
ひときわ大きな爆音がして、あとはもう爆発は追いかけてこなくなった。
俺は鬼ヶ原学園を後にする。……どうせ明日も来なくちゃだけど、しばしの別れだ、一時だけでも俺の目の前から消えてくれよな俺の学校。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます