第45話 百文字打って、休む。
いやさ、何の話かって。この前、USBに眠っていた過去作を読み返したんですがね。何でこんなの投稿したんだろうと、我ながら嫌になりました。その過去作の中からいくぶんマシなものをピックアップし――ある短編集に収録するために――文章に見えるように、直しました。うん。文章に見えるように、直しましたね。
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「和尚の悲劇」の冒頭。
【直す前】(2018/9/26)
「団子が無いんじゃあ!」和尚は驚きのあまり、補充用のろうそくを落として割ってしまった。
【直した後】(最近)
掃除をしようと本堂に入った
「団子が無いんじゃあ!」
和尚は驚きのあまり、手に持っていたろうそくを落とした。ろうそくは、真っ二つに割れた。
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内容はそんなに変わって無いのですが、雑に書いてあったものをやや丁寧に直しました。上手い人が直したら、もっと豊かな表現になるのだろうと思います。
文章が書けないという時、自分は何がどう書けないのか把握していてそう言っている人はたぶん、ある期間書き続けていて、それなりに悩んでいる人なんだと思う。
私の場合「自分が書きたい事を書き始めた」頃は、そうだなあ。それが文章になっているのか、なっていないのか、分からない状態だったのだ。今から考えると。
で、ややこしいのはですね。読んだからといって、書けるとは限らないという事。
私は中学・高校、ずっと図書委員をやらされるくらいに、いつでもどこでも本を読んでいたのですが。書くとなると、書けないですね。これって、とってもややこしいんですよ。
まず、他の物書きの文章を読んで、思うのです。「なんか読みづらいなあ」とか。比較の対象が脳内にあるんですよね。いっぱい。それらと比べて、他人の文章にケチをつける。もちろん脳内で。
で、自分の文章を自分で批判的に見れるかというとですね。できないんですよ。一種の防衛機制かなんかが働くのか、脳内で、言い逃れが始まる。「どうせ私はプロじゃないから下手でいいんだよーん」とか。これが、自分をどこまでも甘やかしてですね。いつまでたっても上達しない、意識低い系物書きの、いっちょ上がりっていう。
まあ、いいと思うんですよ。意識低くて。物書きというのは皆プロを目指していて、文学賞やらネット小説の賞やら応募するために眠いの我慢してパソコンの前でなんたらこうたら、ある晴れた休日は一歩も外に出ないで一日十話更新新記録……頭痛くなりますよ、想像しただけで。過労死したらどうするんだろう。死んじゃったら、小説書くどころじゃないだろうっていう。
……何の話だっけ。そうそう、どうでもいい創作論ですよ。誰も求めちゃいない、無名の物書きによるボヤキ。こういうですね、無為っていいますか、脱力ですよ。そもそも私は誰かに何かを強制されるのが大嫌いなのです。子供の頃から今に至るまで。だから、他人に何かをこうしろああしろ言うのも嫌なのです。非常に。
どっかの知らない物書きが自作内で延々ウンコの味について述べていたとしても止めたくないし、知り合いの物書きが「実はガチのロリコンです」とか言い始めても、やめろとは言わない。「この犯罪者!」と、自分の率直な意見は言ってしまったけれども後悔はしていない。
あとは、どっかの物書きがアホな持論を展開して方々から顰蹙を買っていたとしても、その内容に同意はしないが、書くなと言いたくはない。なぜなら、タブーというのは、時代によって変化するものだから。その書かれた内容を裁くのは少なくとも私では無いと、思う事にしている。
というような感じで今回はこの辺で。またお会いしましょう。ごきげんよう。
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