第25話 乞われて答えるに。
ある日の事だ。知り合いの物書きNが「いくら勉強しても、人称が理解できない」というので、こう答えた。「視点の事ではないですか」と。
分からないという人に分かりやすく答えられなかった事が、どこか心の中で引っ掛かる感じがして、改めて「人称」について調べてみると、Nが混乱するのも無理はないと思った。というのも、日本語と日本語以外ではどうやら、人称の意味合いが異なるようなのだ。
Wikipedia「人称」より抜粋
「日本語における人称区別の例
日本語には、明瞭な文法カテゴリーとしての人称は存在しない。人称代名詞は古代語には「あ・わ」(第一人称)、「な」(第二人称)などがあったが、普通名詞と区別する根拠に乏しい。また文法上必須の要素ではない。しかし次のように、ウチとソトの区別による使い分けがあり、誰に視点を置くかによる表現の違いが存在する。第一人称はウチに含まれ、ソトは第二・第三人称に限られるので、この使い分けは人称による使い分けに似たものとも言える。」
私は普段何も考えないで小説などを作るが、一生懸命文章の勉強して書いている人は大変だなと思った。私の「人称」に対する理解は、そんなに深くない。だから悩まないでいられたのだろう。
なにせ私が小説を作る時はこうなのだ。「主人公がいて、彼なり彼女なりが生放送的に語るのが一人称。カメラを扱うのは主人公だ。新人ユーチューバーの、日常報告みたいなもんだな。撮影現場は部屋の片隅、スマホ一台で撮ってるようなやつ。で、三人称は、別途にカメラマンがいる。ドキュメンタリーみたいなもんだな。デカい話に向いてる。アフリカ縦断紀行みたいな、デカいフィールドを撮るような」。こんなの人に説明できないし、勉強熱心な人がこれを聞いて納得するはずは無いだろう。なにせ適当だ。自分が理解できる方法といいますか。
Nはもしかしたら、日本語以外で小説を書く方が向いているのかもしれない。なぜなら、勉強熱心だから。何となくノリで書いちゃった的な、説明のつかない事は苦手なんだろうと推測する。私はNと意見交換するたびに、異国での文化交流を思い出すのだ。そう、それはこういうものだった。
「あなたの国のプレジデントは誰ですか? ヒロヒト?」
あれは1998年だったか、97年だったか、日本の総理大臣が橋本龍太郎氏だった頃。私が高校生の時の話だ。交流先の、インドネシアの高校の生徒の一人から投げかけられた質問に私は、一瞬どう答えたらいいのか迷った。なぜなら当時のインドネシアはスハルト政権。学校等公共施設には、初代大統領・スカルノと、二代目のスハルト(スカルノの息子)の肖像が掲げられていた。日本ではそういう存在は誰もいないので、プレジデントに当たる人物は総理大臣ではないかと思い、
「リュウタロウ・ハシモト」と答えた。
質問者は満足そうに頷いていたが、答えた私自身は何となく、嘘を吐いたような気分になった。いや、嘘は吐いていないんだけど、「リュウタロウはヒロヒト的存在じゃあないし、スハルト的でもスカルノ的でも無いよなあ」と思ったのだ。まあ、異文化交流とはこういう、落としどころみたいなものを見つけるような事がよくある。翻訳しようが無い価値観というか、無形文化みたいなのはどうしても……
さて、そのインドネシアでの出来事から一年後。スハルト政権はクーデターによって無くなった。きっと各地で肖像画は撤去されただろうし、インドネシアの高校生にとっての「プレジデント」の意味もおそらく、変化しただろうなと思うのだ。
(ちなみに親子で、1945年から1998年までの任期でした。長いなあ)
小説の話に戻る。ある種の書き方や作法みたいなものは、勉強しなければ悩まないんですよ。自分が書きたいように書いたらいい。私は割と「何でも書いたらええやん」なので、他人の文章が乱れていようと気にならないのです。いや、厳密に言うと、下手な人がいた方が励みになるので、できれば私以外の人は幼稚園児の手紙みたいなの書いていて欲しいです。世の中には、他人の文章の上達を願い、更にアドバイスや添削を行う親切の塊のような人もいるんですが、私はそんな事はしたくないなあ、やっても迷惑だろうし、と、こっそり思ってます。
もうね、色んな人が人称なんかごったごたでやってますよ。性癖の詰まった設定を見せびらかしたいのか、一人称なのに急に作者視点になったり。落ち着け! そんなん作者しか知らんやろ、主人公が何で今語る! ゴタゴタし過ぎじゃ! 疲れる!
頼まれて読んで、頭痛くてね、感想無理やりひねり出したりさ、もうね、いっぺんやってみて思った。「頼まれて読むのもう嫌だ!」って。お互いに、読みたいから読むのでいいじゃないですか。あかんこれ、と思ったら、読むのやめたらいいんです。文句とか直接ぶつけるのは喧嘩になるだけだし。不満なら自分が書いたらええだけの話ですわいな。自分で、書いたらええんです。
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