第10話 アイドルせいや、大地に立つ!

 「聞きたいことがあるだけだ」


 そう言ってフードを取った男は、今を時めく大人気アイドル、星也せいやその人だった。


 「ぎ」

 「ぎ? なんだ?」

 「ぎゃあああああああっ!!? せ、せせせ、セイヤ君!?」


 嘘でしょーっ!

 まままさか、本当にセイヤ君? あの中二病真っ盛りのゆるふわ不思議系男子・星也せいやくんなの!?

 でも私には分かる。口にマスクをしているけれど、声のトーンは間違いなくセイヤ君のそれだし、っていうかなんで気付かなかった私ィ!

 お洒落とは程遠い、上下真っ白けの服に白いマスク、白い縁のメガネというほんっとうに残念極まりない恰好をしているけど、確かにセイヤ君だ。あれ、というか世界が白い。セイヤ君が同化して見えなくなってる!

 ……あ、私が白目剥いているからですかそうですか。そりゃ見えないわけだ!

 なーっはっはっは!


 「し、白目を剥いて口を開けたまま気絶している、だとっ……! この女、なんて器用な真似をしているんだ」

 「っは! ああいやこれはその、あのえっと。ふ、ファンですサインください!」

 「あ、はい。じゃあ、色紙を――って違う! 取り敢えず落ち着け!」


 挙動不審で何を言っているのかもわからないほどに混乱する私を、セイヤ君が一喝する。美男子の怒ってる顔もかっこいいけど、彼の言う通りいったん落ち着かなければ。

 私は深ーく息を吸うと、時間をかけてゆっくり吐き出す。動画を見ながら覚えた深呼吸をくり返している内に、ようやく気分が落ち着いてきた。その間、セイヤ君は何とも言えない表情で私を見ていた。


 「……ふう。落ち着きました」

 「ようやくか。まったく、こんなに時間を取らせるファンは初めてだ」

 「うぐ。す、すいません」


 押しのアイドルに溜息を吐かれるというのは、なかなかに堪える。

 私がガックリと肩を下ろすと、セイヤ君は鼻を鳴らして小指を振った。するとどうだろう。空中に複雑な幾何学模様が浮かび、そこから小さな椅子が2脚、ぽぽんと飛び出してきた。

 セイヤ君は固まったままのお客さんをどかしてスペースを作ると、椅子を並べて私に座るよう促す。戸惑いながらも腰かけると、セイヤ君が口火を切った。


 「まずは、先の無礼を詫びよう。本来であればきちんとした場を用意するのだが、つい気が急いてしまった。申し訳ない」

 「ああ、いえ。確かに、びっくりはしましたケド。なんか、周りの人達が固まっちゃってるし、色も変だし」

 「最下級時空間固定魔法びっくりドッキリまじかるのことか。母上から教わったのだが、地球ここでは展開するのに精いっぱいだ。じきに動き出すだろうから、心配はいらない。それより――」


 そう言ってセイヤ君は胸元から何かを引っ張り出すと、私の前に広げて見せた。

 なんだろう、これ? 黄色い鉱石に、細い紐が括り付けられている。鉱石は光も無いのにキラキラと輝いていて、見ていると吸い込まれそうになる。


 「これと同じ物を持った男を探している。見覚えは無いか?」

 「ええっと、私の身の回りにはいない、です。はい」

 「名を、アトリアという。俺のたった一人の可愛い弟だ」


 アトリア。

 その名を聞いた途端、左の薬指が僅かに熱を帯びた。アトリアというのは、確かみなみの三角座を構成する星の1つ、だったと思う。

 その星の名前が付いた弟さんだなんて、かっこよくはあるけど、セイヤ君の弟は外人さんなのだろうか?

 ふとした疑問が頭をよぎったが、芸能人の家庭事情なんて深く詮索しない方がいいのだろう。私は首を横に振った。


 「すいません。私の知り合いには、アトリアという名前の人はいません」

 「……そうか。わかった、時間を取らせて済まない。礼を言う」


 セイヤ君はそう言って立ち上がると、黄色い鉱石を仕舞った。

 私は彼の力になれないことがなんとなく悔しくて、立ち上がりながら考える。


 ――1つだけ、気掛かりなことがあった。

 それは、今は家で留守番をしている"せいや"のこと。いきなり部屋に現れて、記憶喪失で、目の前にいるセイヤ君と同じ、真っ白な髪。

 そして、あいつと出会ってからずっとうずき続けている、左薬指の第2関節。


 きっと、どころじゃない。絶対に何か関係がある。

 確信に近い推論をセイヤ君に話そうとした瞬間、周りの景色が再び動き出す。世界は色を取り戻し、人の声が私たちの間に響き始める。


 「あ、あのっ! 私、まだ聞きたいことが――」

 「お前の薬指。お前には視えぬだろうが、紅イ意図が結ばれている」


 引き留めようとした私の言葉は、フードを目元まで被り直したセイヤ君の呟きによって遮られた。


 「え? 赤い、糸?」


 薬指に、赤い糸。何の事だろう?


 「それは、決して解けぬ契りの証。過去や未来、そして来世や次元の壁ですら歯牙にもかけぬ、人が与える情の祝福」

 「契り? ええっと、何を言っているのか、さっぱり分からないんですけど……?」

 「結んだ縁を大切にしろ、ということだ。それじゃあ、またどこかで」


 そう言って、セイヤ君は人ごみの中に紛れていった。

 しかも、最後の一言はご丁寧にアイドルしている時の口調に変えて。

 不覚にもきゅんと来た自分に腹が立った私は、醤油と味噌を乱暴にカゴに突っ込んで、さっさと会計を済ませて帰路に着いたのだった。



 次回の投稿は、3月27日(金)の、22:30を予定しています。

 ※次回の投稿日の日付が間違っていたため、修正いたしました。

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