第2話:お買い物は戦いだ

「あ、あのね前田くん」

 二時間目の授業の合間の休み時間、マミが僕のところに来た。

「ん?」


 マミは僕の幼馴染だ。家はうちから徒歩五分、付き合いはもう五年。

 僕は一度マミに告られたことがある。

 でもその時は断った。マミの二番だったらずっと一緒にいられる、そう思ったから。

 もちろん、マミの事を嫌いな訳じゃない。

 むしろ好きだ。大好きだ。

 マミが何を考えているのかは良く判らない。だが、マミはその日の事をスパッと忘れると翌日からまた同じように接してくれるようになった。

 付かず離れず、そんな微妙な関係。


「なに? マミ」

 僕は読んでいたマンガから顔を上げた。

「あのね前田くん」

 マミが言いにくそうにモジモジする。

 少し顔色が悪い。

 具合が悪いんだろうか?

「大丈夫?」

 僕は身体をひねるとマミの方を向いた。

 モジモジしているマミは顔色が悪くてもとても可愛い。

「あのね」

 と、マミが腰をかがめて片手を添えながら口を僕の耳に近づけた。

 正直、耳に息がかかるとくすぐったい。マミの息ならなおさらだ。


 でも次の言葉を聞いて僕の桃色の妄想は木っ端微塵に砕け散った。


〈来ちゃったみたいなの、生理〉

 はあ? それを僕に言う?


「ん? んん?」

 なんとか平静を保ち、マミに頷く。

「でね、お座布団がないの」

 お座布団。生理用品のことだという事くらいは僕でも判る。

「ない、の?」

「ないの」

 こっくりと頷く。マミのポニーテールが背中で揺れる。

 そこは持っとこうよ。

 僕は思わず心の中でマミにツッコミを入れた。

 ロッカーでもどこでもいいから持っとこうよ。死活問題じゃないか。


 今日のマミはピンク色のリボンを髪に結んでいた。目が大きくてどちらかと言うと可愛い系のマミにピンクは良く似合う。

 そんなことでも考えていないと動悸が収まらない。

「だからね、前田くん、買ってきて♡」

 マミは可愛くウィンクした。可愛い見た目とは裏腹に、いつものように無茶を言う。

「え、ダメだよ、無理」

 慌てて断る。

 ドラッグストアは学校からすぐのところにある。向かいにはコンビニもあるし、どこかでは買えるだろう。

 いや、そうじゃない。論点はそこじゃない。

「マミが自分で行けばいいじゃん」

 僕はマミに言った。

「無理」

 だが、マミは弱々しく首を横に振るだけだ。

「お腹痛いし、今動いたらパンティ汚れちゃう」

 だから、なんでそういう事を僕に言うかな?


 確かに、小さい頃には子犬みたいに良くじゃれ合っていた。一緒にシャツを透けさせながら水遊びをした事もある。

 だけど、それとこれとは話が別だ。

「次の授業、化学でしょ? 伊東先生はモーロクしてるから前田くんがいなくても判らないと思うの。出席はわたしが返事しとくから」


 結局、五百円玉一枚を握らされて僕は学校から追い出されてしまった。

 マミの言うことには逆らえない。

 生理用品を買う。

 ただそれだけで僕は挙動不審男子になっていた。

(それにしても、ドラッグストアがこんなに遠いとは思わなかった)

 すぐそばのはずのドラッグストアは果てしなく遠くにあるように感じられた。

 人とすれ違うたびに、あるはずのない視線が全身に突き刺さる。

 周囲の人がみんな僕を見ている気がする。

 

 生きた心地がしない。


 生理用品はなぜか避妊具と一緒に売り場に並んでいた。

(コ、コン○ーム……)

 さらに動悸がひどくなる。手が震える。顔が青いのが自分でもわかる。

 種類なんて選んでいられない。

 適当なのを掴んで一気にレジに。

「こ、これくださひ」

 しまった。噛んだ。

「いらっしゃいませ」

 レジのおばさんがクスッと笑ったような気がした。

 急いで会計を済ます。正直お釣りなんてもういらない。すぐに帰りたい。走って帰りたい。

 レジのテーブルには妙に派手なパッケージの生理用品が一つ。

 生理用品と僕。

 並べられるととっても辛い。

「ありがとうございました〜」

 僕は生理用品が入った黒い袋をひったくるようにして受け取ると、後ろも見ずにダッシュで学校に戻った。


三時間目の授業の合間の休み時間、僕はマミにブスッと黒い袋を手渡した。

「はい、これ」

「ありがとう、前田くん」

 マミがニッコリと笑う。表情が今日は少し弱々しい。

 と、不意にマミの表情がいつもの猫のような表情に変化した。

 絶対、何か悪いことを企んでいる。

「あのね前田くん」

「ん?」

「わたしたち、仲良しだよね?」

 いつもの質問。

「? うん、そうだと思うよ」

「……わたし、お腹が痛くて動けない。女子トイレまで連れてって? できれば中まで。おんぶして」

 わざと作った弱々しい表情。

「いくねーだろ、それ」

 僕は思わず大声を出してしまった。

「えへへ、うっそピョーン」

 してやったりとマミが笑う。猫顔のマミが舌を覗かせる。

 マミは黒い袋を持ってふらふらと教室から出て行った。


(これじゃあパシリだよな)

 後ろ手でマミが扉を閉めるのを見ながら僕は考えていた。

 なんか便利に使われてしまった。

 まあ、いいか。

 パシリでもなんでも。

 マミの笑顔が見られればなんでもいい。

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