君の顔がみたいから
蒲生 竜哉
君の顔がみたいから
マミと前田くんは幼馴染。徒歩五分のご近所さん。小学校から今まで、二人は付かず離れず友達だった。でもそんな関係性にも変化の兆しが……
第1話:お付き合いはいつかは終わる
世界最強? のプロ野球リーグ、アメリカのメジャーリーグでは最近、チーム最強打者を二番打者に置くのが流行っているんだそうだ。
理由は知らない。
でも、二番打者に最強打者を置いておくと色々いいんだそうだ。
そういえば、日本でもおんなじような事が流行った事があったっけ。日本ハムやヤクルトなどが一時期チーム最強打者(ちなみに最強とはホームランバッターの事だけど)を二番に据えていた事があった事をふと思い出す。
(じゃあ僕は、君にとっての最強だ)
マミと学校から帰る帰り道、マミの背中を見ながら僕は思った。
残念ながらマミには彼氏がいる。もちろん僕ではない。違う学校に通ってる背の高い彼。僕から見ても格好いい。
でも彼がマミの彼氏になったのはほんの三ヶ月くらい前の事だ。
その前はなんだか厳つい柔道部と付き合っていた。
チャラい不良と付き合っていた事もある。
その間僕はずっと二番だった。と言うか一番だったことはない。
でも僕はマミの事を誰よりも知っている。
彼氏になった連中はせいぜいが三ヶ月、下手をすれば一ヶ月もマミと一緒にはいない。
僕はマミと知り合ってもう五年以上になる。小学校からの付き合いだ。
「ねえ、前田くん」
大通りを歩いているとき、ふいにマミが振り返った。
「ん?」
できる限り愛想よくマミに答える。
「前田くんってさー、誰かと付き合ってるの?」
「んん?」
マミはいつも僕の困った顔を見たくてそう言う意地悪な質問をする。
答えを知っているくせにからかっているのだ。
マミの目が猫みたいになっている。
口元が笑ってる。猫みたいな表情で僕の顔を覗き込む。
「いないよ」
正直に僕はマミに答えた。
彼女いない歴イコール年齢。イケてないメガネ男子の僕に彼女がいたことはない。
「ふーん」
マミは前を向くと、後ろ手に持ったカバンをパタンパタンしながら再び歩き始めた。
マミはポニーテールを大人っぽいペイズリー柄のハンカチで縛っていた。
目が大きく、どちらかと言うと可愛い系のマミにそういうクールビューティ系の小物は正直似合わないと思う。
そういえばこのハンカチは見た事がない。
彼氏にもらったのかな? もうキスはしたのかな?
しただろうな。もう三ヶ月だもの。ひょっとしたらもっとすごい事もしてるかも知れない。
なんとなくそれ以上考えるのが嫌だったので、僕はマミの背中を見ながら再び野球の事を考え始めた。
二番打者は試合巧者だ。一番打者がまず打って、それに繋げるためには二番打者が絶対に出塁しなければならない。
だから僕は二番打者が好きだ。乗るか反るか、ホームランか三振かみたいなバッターよりは、どんな対戦相手でも絶対に出塁する打撃の職人みたいな打者の方がずっと格好いい。
クラスの中では僕がマミと一番仲がいい男子だと思う。
マミはクラスの男子に人気があったけれど、なんでかお昼はいつも僕と一緒だ。教室で食べる事もあるし、屋上に行く事もある。
目の前でマミのポニーテールが揺れている。
マミと一緒に歩くとき、僕は必ず後ろを歩く。マミが一番、僕は二番。そうすればマミが振り返るのを見る事ができるから。
マミは振り返った姿が可愛い。みんなはそれを知らないだけだ。みんなマミの前か隣を歩こうとする。
物を知らない奴どもめ。特等席はマミの後ろ、シャンプーが香るこの位置だ。
「ねえ前田くん」
前を向いたまま、再びマミは僕に話しかけた。
「ん?」
「前田くんさあ、」
「なに?」
「前田くんって、キスしたこと、ある?」
とんでもない不意打ちに思わず顔が赤くなる。
「……な、ないひょ」
しまった。噛んでしまった。
「そっかー、ないのかー。ふーん」
とマミが鼻を鳴らす。
「じゃあマミは?」って反撃したくなったけど、やっぱりそれはやめておいた。
「あるよ」って言われても困ってしまう。
僕たちは大通りのコンビニの角を曲がると路地に入った。ここからちょっと歩くとマミの家、僕の家はそこからまた歩いて五分くらい。
「わたしたち、仲良しだよね?」
事あるごとにマミは僕に言う。
その度に僕は
「うん、そうだと思うよ」
と弱々しく答える。
仲良し。たぶん、そう。僕とマミは仲良しだ。
家も近い。学校も同じ。
小学校のときは手を繋いで一緒に帰った。
中学に上がって手は繋がなくなったけど、マミは毎朝迎えに来た。
そして高校に上がった今も僕たちは一緒に登校して、ときおりこんな風に一緒に帰る。
でも、いつの間にかにマミは大人になった。
彼氏ができて、いつからか僕と一緒に帰る機会は少なくなった。
「ねえ前田くん」
急にマミは立ち止まった。その場でくるっと半回転。僕の方に向き直る。
「……前田くんの一番、もらってあげようか?」
マミの大きな瞳が妖しく光る。
小悪魔の微笑み。
きっと今頃マミのお尻には長い尻尾が生えているだろう。先っぽがスペードみたいになってる悪魔の尻尾。
「え?」
どう答えていいかわからない。
頭の中がぐるぐるする。
急に鼓動が早くなる。
「ねえ前田くん」
気がつくと、マミは真面目な顔になっていた。
「私たち、仲良しだよね?」
「う、うん。そう思うよ」
「……じゃあさ、いっそ付き合っちゃう?」
マミはじっと僕の顔を覗き込んだ。
少し不安そうな顔。
マミのそんな表情を見るのは初めてだ。
彼氏になる。
マミにとっての一番になる。
「…………」
でも、一番はハイリスクだ。お付き合いはいつかは終わる。結婚するか別れるか。ホームランか三振か。
それ以外の結末はあり得ない。
「……それは、やめておこう」
僕はマミに答えた。
「僕は、マミの二番の方がいい」
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