第73話「名探偵と容疑者たち」

 部屋に入った瞬間、部屋の中にいた者たちは一斉に俺たちの方を見た。

「えーっと、誰かな?」

 扉の近くの椅子に腰かけていた、神父の恰好をした初老の男が俺とマリアの方を見て聞いてきた。

「あー俺はトウマって言います。ホーソンさんに要請されて捜査に協力してるんで……まあよろしくお願いします」

 手短に自己紹介をしておく。続いてマリアが、

「私はルキナ・ウィミナリス・マリア。まあ、トウマの付き添いね。よろしく」

「ルキナ家の……」

 マリアの名前を聞き、場の空気が少し変わる。みんなルキナ家の事を知って居ての反応みたいだ。この世界での貴族の力というのは大きいものらしい。


 とりあえず部屋の中にいる関係者を見ていく。ホーソンの部下二人を除いてこの部屋には十人いた。つまりは容疑者である。あとはこの部屋にいない三人を合わせて合計十三人の容疑者となる。

 この十三人が事件発生時に監獄内にいて、かつ自由に動ける人物だった。他は囚人であり、それらの人物は確実に牢屋の中にいたと確認されている。

 また監獄の出入り口は一か所のみで、事件前後で人の出入りはない。


 一人一人の役職等をまとめると次のようになる。

 まず、神父のユピテル。三日前の事件で新たにこのイフ監獄に今日赴任してきた人物だ。

 刑の執行に携わる執行人の三人。一人目はライオン型の獣人ネメア。二息歩行だという点を見れば人間に近いが、顔の周りの立派なたてがみを見ると、ライオンそのものにしか見えない。いかつい体をしているので、大きな剣とかをふるってそうだが、弓の名手らしい。

 二人目はバウボ。バウボは普通の三十代ぐらいの人間の女性だった。武器などは使わず、魔法で戦うタイプの人間ではあるが、凶器の槍を使って被害者を殺害する程度の強さはあるらしい。

 三人目は牛型の獣人のペリデス。クベーラ、イオカと同じような蹄の持ち主で、直接攻撃が強そうな見た目だ。このペリデスに限らず、獣人型の者たちはかなりその動物に近いのだと改めて思った。人間のように二本の足で歩き、二本の腕で活動するのは一緒だが、手や足を見ると、蹄であったり鋭利な爪であったり、俺の知っている動物の様子とかなり酷似しているからだった。

 続いて見届け人として今日来ている二人。一人は犬型の獣人ミュルテ。もう一人は猫型の獣人ファドラ。種族は違うものの、人間の目から見ても二人は整った顔立ちをしているなと思った。特にファドラはかなり際立っていて、この監獄内で浮いてるようにも感じるほどだった。二人とも実際の犬や猫のようにふわふわした毛を持っていて、先ほどのネメアのたてがみのように、そういった点も実際の動物によく似ている。ミュルテはレイピア使いで、ファドラは鞭使いだそうだ。

 そして聖なる水を汲んで諸々の準備をする、トカゲ型の獣人のデュア。先ほどまでの哺乳類タイプの獣人とはまた少し違うようだ。手や足などは人間と同じだが、しっぽが生えており、皮膚も爬虫類のそれに近い。脱皮もできるらしく、そういったところもトカゲにそっくりである。これまでの者たちと比べるといささか弱そうではあるが、バウボと同じく凶器の槍をふるって被害者を殺害する程度の力は持っているらしい。

 最後に死体を処理する二人。鳥型の獣人クレトンと、見た目は中年男性のテーベだ。クレトンは元々、テーベは病気によって嗅覚を失い、今の職業についているそうだ。クレトンは鳥型の獣人ということもあって、羽根があるが飛べないそうだ。この二人も戦闘能力が高いというわけではないが、ユピテルの魔法をかけられているフェイオスを殺害することは可能であるので、この二人も容疑者の一員である。


 とりあえず容疑者全員の身体検査を行うことになった。凶器は見つかっているが、他にも何か手がかりが出てくるかもしれないということで調べることにしたのだ。

 時間をかけて丁寧に調べたが、特に怪しいものを持った人物はいなかった。死体の発見者であるクベーラや、検死を行ったアスクレピオスの衣服に血痕がついてはいたが、微々たるものだったし、他の人については全くそういった痕跡は見つけられなかった。

 また、それぞれの持ち物についても調べたがこれも同様であった。監獄内に入る際にはセキュリティーチェックがあり、職員でも所持品などを調べてからじゃないと入れない。そして出勤してきたときと犯行後ホーソン達が調べた間で何かが無くなっていたり増えているというようなことはなかった。

 後から部屋にやって来たメランプスらについても同様だった。


 続いて、今日の行動を順番に聞いていった。

 この日、監獄に一番早く着いたのは、所長のメランプスと保安官のクベーラ、そして今日の担当刑務官であるイオカの三人だった。続いてきたファドラ、ミュルテの二人が来るまでは日常的な仕事を行い、見届け人の二人に今日の刑執行のための指示を出してから、メランプスもそれ関係の仕事に移った。

 メランプスは書類関係の仕事や、後から来た執行人たちに指示を出したり、今日から赴任するアスクレピオスとユピテルを招いて話をしたりした。事件が発覚するまで忙しく働いて、それは午後二時から二時半の間もあまり変わらなかった。

 保安官のクベーラは、監獄内主に囚人たちの牢屋付近の見回りをイオカとともに行い、アスクレピオスとユピテルが来るときには、案内を行い所長室に案内などを行った。午後二時から二時半の間は、一人で監獄内で行動しており、アリバイはない。

 イオカも大体クベーラと似たようなアリバイだった。十二時前にユピテルの元に行き、礼拝室まで案内し、ユピテルの仕事が終わるまで礼拝室の扉の前で待機しており、午後二時前にユピテルの仕事が終わったら、待機室までユピテルを案内し、その三十分後に死体の第一発見者となった。そして問題の三十分間は、クベーラと同じように見回りを行っていた。

 ユピテルは、礼拝室の仕事が終わってから事件が発覚するまで待機室で待っていた。そして、他のメンバーもほとんどがこのような流れであった。

 それぞれの行動を突き合わせると、まずバウボのアリバイはほぼ確定的になった。

 誰かとずっと一緒にいたわけではないが、他の人と一緒に居た時間をつなげるとだいたいアリバイが成立した。

 また、メランプスも同様にアリバイが成立すると見られた。メランプスは所長室で一人でいる時間もあったが、バウボと同様に他の人との行動を突き合わせると犯行は不可能かと思われた。


 二人容疑者候補から減らせるが、まだ十一人の容疑者がいる。これは思ったよりも大変かもしれない。









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