第74話「名探偵は犯人に迫れるのか?」

 一通り話しを聞き終えた俺たちは、一度関係者たちのいる部屋を出る。

 身体検査は終わったが、犯人につながる物証が監獄内にあるかもしれないため、とりあえず探索を続ける。

 監獄は囚人たちが収容されている建物と、所長室など職員がいる建物、執行室や倉庫などがある建物の大きく分けて三つの建物から成る。

 囚人たちがいる建物への出入りはカメラ機能を持つ映像石が設置されていて、そこから確認できた。

 クベーラとイオカの出入りが映像に残っており、犯行に関係ありそうなものを持ち運びしている様子はなかった。

 監獄のほとんどは囚人が収容されている建物が占めており、他の建物はそこまで大きくない。特に、職員たちが活動する建物はそこまで大きくなく、数部屋くらいしかない。所長室、副所長室、職員たちの部屋。その部屋も必要最低限のものしかなく、殺風景な室内だった。だからこそ、建物内の捜索は割と早く終わった。

 

「うーん……特に怪しいものはないわね」

「そうだな」

 職員のいる部屋の他には、休憩する部屋(机や椅子、ソファーが置いてあるだけの部屋だ)とトイレくらいしかない。職員は監獄内で寝泊まりするわけじゃないから、必要最低限の部屋数しかないようだ。

「あとは倉庫を調べるくらいね」

「はい、そうですね。ただ、倉庫の開閉記録は残っていまして、凶器の入っていたあの倉庫以外は開けられていないようです」

 現場となった執行室のある建物には、他に倉庫が五つあるのだが、凶器となった槍の入っていた倉庫が、犯行時刻前後で何者かの出入りがあったことが残っていた記録から分かったのだ。他の倉庫についてはここ最近開かれていなかった。

 というわけで、凶器を見つけた倉庫に再び来ていた。そこは武器を収納する専用の倉庫らしく、他に変わったものは無かった。

 

「うーん……物証という物証があんまりないわね。現場にあった布とか犯人が触っているでしょうけど、あれからなにか分かったりしないの?」

 マリアの問いにホーソンは少し困ったような表情を浮かべ、

「それが被害者の血が多量につき過ぎて指紋とかそういったものが採取不可能でした」

「トイレがあるけど、あそこに何か流したりした可能性は?」

「そうですね……あまりに大きなものは流せないですね。まあ、小さく切り刻めば流せなくはないですが。まあそもそも監獄内で不自然に無くなったものはありませんからね。ここでできるのは手に着いた血をきれいに洗う事くらいだと思います」


 そんな会話をしていると、ホーソンの部下がやって来た。

「監獄内を巡回していた魔道具の水晶に残っていた記録を調べましたが、容疑者は誰も映っていませんでした」

「誰一人として?」

「はい。あの魔道具、職員たちがいる部屋周辺は巡回しておらず、現場となった執行室や倉庫の前などをぐるぐる巡回していました。犯行時刻周辺もそうだったので、犯人が映らないように魔道具を避けていたのでしょう」

 まあ普通に歩いている姿なら別に映ってもいいだろうが、槍を持ってるところを見られたら終わりだからな。


「それで、いかがでしょう?犯人の目星はつきましたか?」

「んー……どうですかね……」

 ホーソンに聞かれ、そう曖昧な返事をすると、マリアは少し考え込みながら、

「今更だけど、犯人は一人で間違いないわよね?」

「そうですね。被害者のフェイオスがいる時に二人以上の人間が入ると所長か副所長に連絡が行きますからね。それが無いと言う事は、犯行に及んだのは一人なのは確実でしょう」

 ホーソンがマリアの言葉に丁寧に答える。

「まあそれと関係者のアリバイを見る限り、共犯者もいなさそうだな。アリバイがある二人も、ずっと同じ人といたわけじゃなく、この時間帯はこの人、この時間帯は別の人と一緒にいる、というような感じのアリバイだから、口裏を合わせている感じもないな」

「まあ、犯人が一人なのは間違いないでしょうね」

「となると問題は、なぜ死刑執行直前の死刑囚を殺害するのか、ということよね」

 ホーソンはうなずきつつ、

「そうですね。別に犯人が手を下さなくても、死は確実に迫っている状況ですからね。そしてそれは関係者全員が知ってることです」

 と相槌を打つ。

「となると、犯人は自分の手で殺さないと気が済まなかったから、とかかしら」

「はい、マリアさんの言うような可能性にいたりましたので、関係者全員の過去、および被害者の過去を洗い直し、接点がないか調べてみましたが、現状全く見当たりません」

 容疑者のほとんどが監獄に務めている範囲内での関わりしかなく、ユピテルとアスクレピオスに至っては今日初めてこのイフ監獄に赴任してきたため、全く関わりがない。

「そう。……トウマは?何か考えがないの?」

「んーとりあえず犯人が分かってから考えようかなと」

「犯人が分かってから?」

「ああ。そもそも犯人の動機が俺らの理解の及ぶようなものかどうかも怪しいからな」

「それはつまり、犯人は常軌を逸した殺人狂であるということですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。殺人狂だったとしても、そいつなりの論理があるのかもしれない」

「なるほど。では動機の観点ではなく、他の観点から犯人に迫ると」

「まあそうですね」



「だいたい犯人の目星がついたみたいね」

 考え込んでいた俺の顔を見て、マリアがそう言った。

「ああ、まあな。……とりあえず容疑者たちがいる部屋に戻りますか」 

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