第31話「犯人を指摘する 2」
「空気を行き来させる?」
俺の言葉にいまいちピンと来ていないのか、レオが聞き返してくる。他の人たちも似たような反応だった。
「ああ。離れの入り口の扉は開けっ放しであることによって外の寒い空気を廊下の中まで入らせることを目的にした。離れの部屋の中の扉はその逆で、暖房器具によって暖められた手前の部屋の空気を奥の部屋に送り込み、奥の部屋も暖めることを目的にしたんだよ」
「まあ、扉を開けてたらそれもできるか。効率は悪いだろうけど。でもさ、なんでそんなことが分かるの?」
とレオ。
「だって奥の部屋の暖房器具のスイッチは入っていなかったからな。もしそうなら、奥の部屋の暖房器具の作動音が聞こえていたはずだ」
俺とマリアが初めて離れに入った時、パーカーが奥の部屋の暖房器具のスイッチを入れると、ゴォーという音が聞こえてきた。
しかし、パーカーの死体を発見した時、周りの人の息遣いが聞こえるほど静かな場面もあったのに、作動音は全く聞こえていなかった。
「そうですね。言っていませんでしたが、離れの中の暖房器具は手前の部屋のものしか作動していませんでした」
ホーソンが補足する。手前の部屋の暖房器具は音もなく作動するのは、初めて離れの中に入った時に確認済みだ。
「で、犯人はわざわざ扉を開けっ放しにして奥の部屋も暖めようとしていたと。でもそんなことしなくても奥の部屋の暖房器具のスイッチを入れれば……」
そこまで言いかけてマリアが固まる。
「そう、それができなかったんだよ。リモコンがどこにあるか知らなかったからな」
そう、奥の部屋の暖房器具のリモコンは、手前の部屋のものと違い、あの大量にある本の一冊の中にほとんど隠されてあるように収納してあった。
「ということは、犯人は離れに行ったことのない人物ということね」
離れに行ったことがないのは、ベティー、ルドルフ、ローレンスの三人だ。
「少し待ってください。そもそもなぜ犯人は扉を開けっ放しにしてまで部屋を暖めようとしたのでしょうか。別にそのままでもよかったのでは?」
ホーソンがそんな疑問を呈する。
「じゃあ、もし犯人がそのままにしていた場合を考えましょうか。パーカーさんの死体を発見します。そして奥の部屋に入ると、暖房器具も使われていないということで、部屋の中は寒いままだったでしょう」
実際マリアと一緒に離れに行った時も、手前の部屋に一時間くらいいてから奥の部屋に入ると、密閉性の高い扉のせいで奥の部屋は寒いままだった。その一時間ほど前には、パーカーがその部屋の中で暖房を入れて作業をしていたのに、だ。つまり、一時間もあれば、あの部屋はすぐに寒くなるということだ。
さらに言うなら、パーカーはこまめに照明などを消す性格からして、グレッチェンやフレッドと共に離れに行った帰りも、照明及び暖房器具のスイッチは切っていたと仮定できる。ということは、四時過ぎに、パーカーが一人で離れに戻ってきたときは、離れの中は寒かったと予想できる。
「そうだね。でもそれがどうなるの?」
レオが合いの手を入れる。
「パーカーさんが俺たちと別れた時、離れの方で仕事を片付けてくると言っていました。そして、離れの手前の部屋はテーブルはあるものの、パーカーさんの趣味で集めた収集物があり、仕事を行う場所としては不向きです。パーカーさん自身も言っていましたが、仕事をするのは机といすのある奥の部屋になります。ということは、奥の部屋が寒いままということは、犯行があったのはパーカーさんが離れについてすぐだというが分かってしまいます」
俺の言いたいことが分かってきたのだろう、何人かは表情が変わってきた。
「それを避けるために、わざわざ扉を開けっ放しにし、奥の部屋を暖めようとしたたということですか」
というホーソンの言葉にうなずき、
「はい。本来なら、手前の部屋と奥の部屋の暖房器具を作動させて、パーカーさんが仕事をしている最中に殺害されたというような状況を作りたかったんでしょうが、そこである問題が生じます。暖房器具のリモコンが見つからなかったんです。手前の部屋のリモコンはテーブルの上に置いてあるので、すぐに見つかったんでしょうが、奥の部屋のリモコンはそうはいきませんからね。そこで犯人は苦肉の策として、二つの部屋をつなぐ扉を開けっ放しにし、手前の部屋の暖房器具で奥の部屋も暖めようとしたんです」
一同は黙って俺の言葉の続きを待つ。
「そう考えると、離れの入り口の扉を開けっ放しにする理由も見えてきます。さっきレオも言っていましたが、本来一つの部屋を暖めるために使用される暖房器具を、二つの部屋を暖めるために使うんです。効率が悪いでしょう。となると、いつもより温度を低く感じることも予想できます。それなら、離れの廊下をいつもより寒く感じさせれば、部屋の中がいつもより暖かくなくてもごまかせると考えたのではないでしょうか」
それと、部屋の中の扉が開けっぱなしなのを印象付けにくくする狙いもあったのかもしれない。
「……それなら、全部の扉を開けっ放しにすればよかったんじゃないの?」
「つまり、金属製の扉だけでなく、手前の部屋の入り口にある扉も開けっ放しにするということか」
マリアがうなずく。
「確かに、そういう手もあるとは思う。ただそうすると離れの中全体が寒い状態で死体を発見することになるだろう。すると、寒いのはパーカーが来て暖房器具のスイッチを入れる前に殺害されたんじゃないのか、それを誤魔化すために寒い状態にしたんじゃないのか、と考えつくかもしれないって犯人が危惧したんじゃないのか。それなら部屋の中を暖めておいた方がいい、とね」
「なるほどね」
「ここまでくれば、犯人は明白です。犯人は奥の部屋の暖房器具のリモコンの場所を知らない人物。そして、パーカーさんが離れに入ってすぐに犯行に及べる人物。言い換えれば、四時頃のアリバイがない人物です。リモコンの位置を知らない……つまり離れに入ったことのない人物は三人。そのうち、ローレンスさんとベティーさんは四時から五時ごろまで俺たちと一緒にダイニングルームにいて話していました。つまり、パーカーさんが離れについてすぐ殺害することはできません。というわけで、残ったルドルフさん、あなたが犯人です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます