第22話「そして館に人が集まっていく」

 それから約一時間後。

 マリアはその間ほとんど会話をすることなくずっと本を読んでいたから、もっぱら俺とパーカーが話していた。

 おかげでパーカーがこの世界に来た当時のことを詳しく知ることができた。まあ、その辺についてはまたいつか話せるだろう。

「さて、他の方々もそろそろ来られる頃でしょうし、一旦戻りましょうか」

 そう促されると、

「ねえ、パーカーさん。この三冊、向こうの本館の方に持っていっても良い?まだ読み足りないんだけど」

「その三冊ですか?……まあ、その本なら大丈夫ですよ」

 笑顔で答えるパーカー。先ほども言った通り、この世界に一冊しかない貴重な本もあり、そう言った本は持ち出してほしくないそうだ。

 ただ、そういった本もそうでない本も同じように収納してあるから、どれがそうなのかはわからない。

 部屋を出るとき、パーカーは奥の部屋の照明と暖房器具、手前の部屋の照明と暖房器具のスイッチをしっかりと切っていた。こういったこまめな面もあるみたいだ。

 今は裕福な暮らしをしているが、元々アメリカにいたころはいたって普通の家庭で暮らしていたらしく、その頃の癖が今でも抜けないらしい。

 

「パーカーさんは元の世界に帰りたいとか思います?」

 本館に向かう途中、何げなく俺は聞いてみた。

「そうですねえ……こっちの世界に来た当初はそんなことも思ってましたけど、今こうした生活が送れていますからね。あっちの世界だったらそう上手くいかないかもしれませんし」

 そう思う気持ちも分かるな。俺も、今すっげーでかい屋敷で暮らせているわけだし。まあ、同居人がものすごくポンコツなのを除けばいい暮らしをしてるって言えるな。


 本館の方に戻ると、ちょうどトイレから戻ってきたルドルフがいた。

 というか、一時間トイレにいたのか。俺のせいではないが、申し訳なく思ってしまう。

「ルドルフ君。大丈夫かい?」

「あ、はい……なんとか……」

 さっきより顔色は良くなっている。

 そんなやり取りをしていると、

「あ、パーカーさん。遅くなってごめんなさい。ちょっと買い物してたら遅くなって」

 と玄関の扉が開かれ、両手に荷物を持った三十手前くらいの女性がいた。

 パーカーはその女性に近付き、荷物を代わりに受け取ろうとしている。

「あれはベティーさん。パーカーさんの婚約者ね。一か月後に式を挙げるんだって」

 と小声でマリアから説明を受ける。

 髪は肩にかかるくらいの長さで、なかなかの美人だ。

 パーカーが五十歳で、ベティーは二十八歳だそうだ。二十歳以上離れているが、話している二人を見るに、なんだかお似合いのカップルにも見える。

「こんにちは、マリアさん。お久しぶりです」

「久しぶりね。……その荷物、もしかしてデザートでも作ってくれるのかしら?」

 両手に持っていた食材らしき荷物に目をやりマリアが聞く。

「ええ。新しいキッチンも使ってみたいですしね」

 と笑顔でベティーが答える。

 パーカーが新たな館に越したのも、結婚が一つの理由に挙げられるみたいだ。

 そして、ベティーの職業が日本でいうパティシエらしく、今日はお菓子を振舞ってくれるみたいだ。

「ああ、こっちはトウマ。『名探偵』よ」

 とものすごく雑な紹介をされる。

 とここで、俺たちの足元に一匹の子犬……トイプードルがやってきた。

「あらレオちゃん。……ああ、最近パーカーさんが拾った子犬なんです」

 やってきたトイプードルを抱きかかえ、俺たちに見せる。

 この世界にも普通にトイプードルがいるんだな。

「あら、かわいいわね。……そういえばこの首輪なんだけど、トイプードルにつけたら、その半径三キロに大雪が降って、三メートルくらいの雪が積もるっていう道具をたまたま持っているんだけど……」

「お前なにピンポイントであぶねーもん持ってるんだ!」

 マリアにツッコミを入れ、首輪を取り上げる。

 トイプードルも俺たちの会話を理解したのか、慌ててパーカーの後ろに隠れている。


 とここで、新たな客がやってきた。

「どうもこんにちは。ああ、パーカーさん。今日はお招きいただきありがとうございます。いい所ですね。……そしてどうも、お久しぶりです、ルキナさん」

 四十過ぎの、人のよさそうなぽっちゃりしたおじさんだった。

 新たに来た男はフレッドと言い、怪奇的な小説を書く作家らしい。パーカーがその作品のファンらしく、そこからのつながりで知り合ったらしい。

「立ち話もなんですし、荷物を一旦部屋の方に移しましょうか」

 にこやかにパーカーが提案する。

 俺とマリア以外は、ここから少し遠い場所に暮らしているため、館に泊まることになっている。


 軽く館の中の案内を済ませたりした後。

 ベティーはみんなにスイーツを振るまうために、キッチンへと向かった。

 ルドルフはやることがあるということで、用事を済ませるために部屋にこもった。他の人には言っていないが、たぶんさっきのでお腹の調子がまだ良くないんだろう。そして入れ替わるようにグレッチェンが合流してきた。

 パーカーはグレッチェンとフレッドを離れに案内するため、再び館の外に出る。

 そのパーカーの足元に、あのトイプードルが近寄った。それに気がついたパーカーは、レオを抱きかかえ外に出た。


 そんな様子を見たあと。

「さ、せっかく新しい館に来たんだし、ちょっと冒険しよっか」

 とマリアが笑顔でこっちを見る。大きい家の中を見回りたくなる気持ちは何となくわかるから、俺も一緒に行くことに。

 ま、目を離したら何をするかわからないからな。

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