シーン14 夜道

 古墳公園の一件以来、少し神経が過敏になっている。

 あまり意識をしすぎても精神衛生上よくはないのだが、命の危険が迫っているとわかればその限りではない。

 特に夜の外出には昼間以上に気をつけている。

 夜は出来ることならば極力外出を避けたいと思っているのだが、日中は仕事をしているため買い物に出かける時間となればどうしてもそうなってしまう。

 買い物に出掛ける主な理由は食事の確保と日用品の購入だ。

 前者はどうしても必要になるものなので我慢をするということができない。

 一応、買い置きの食材もあるのだが、作れるメニューが限られているのでどうしても飽きてしまう。

 早雪もそのことは理解しているので外出には彼女の同伴が義務付けられている。

 僕としては一人で外出をするよりも心強いのでその申し出を断る理由はない。

 

 「ヌシ様、今夜は何を食べますか?」

 「うーん、そうだな…麺類がいいかな」

 「それはいいですね!では早速買い物に出かけましょう」


 早雪は食事のこととなると積極的になるところがある。

 食欲に素直なのは結構なことだが元々アヤカシはほとんど食事を必要としないので少し心配になってしまう。

 ただ、本人は最低限の食事よりも満足のいく食事を求めているようなのでその常識は当てはまらないようだ。

 外出には十分な注意を払う必要がある。

 どのタイミングであのアヤカシと出会うのかわからない状況なので、早雪の持っているアヤカシを感知する感覚が頼りだ。

 彼女もそれについては心得ているようなので敢えて注意を促す必要もない。

 いつものように戸締りの確認をして夜の街へと繰り出した。

 

 夜の街は普段見慣れた街と違って少し物悲しい雰囲気が漂っている。

 そう感じてしまうのは僕の心が少し弱っている証拠だろうか。

 そんな気持ちを察してか、早雪は僕の隣を歩いて手を取った。

 手を繋いで歩くというのは今日が始めてではない。

 これまでにも何度かあったことなので今さら緊張はしないのだが、意識とは別のところではまだ緊張をしているようだ。

 手のひらに薄っすらと汗が浮かんでいるのがわかる。

 

 「き、今日は星が綺麗だな」

 「よく晴れていますね。月も綺麗に見えます」

 「そっか、明日は満月だから随分綺麗に見えるわけだ」

 「月齢というものですね。月を見ていると不思議な気持ちになってきます」

 「月には昔から不思議な力があるって信じられてきたから、その気持ちはあながち間違いじゃないかな。実際、月の引力で潮が引いたり満ちたりしてるからさ」

 

 昔の人は月明かりを頼りに夜道を歩いていたが今ではそれも難しくなっている。

 現代社会では至るところに人口的な明かりがあり、本当の暗闇というのは縁遠いものになってしまった。

 そう考えればたまに月を見上げて遠い昔に思いを馳せる時間も悪くない。

 しばらく歩くと目的地のコンビニが見えてきた。

 アパートから歩いて数分の場所にあるため非常に便利だ。

 我が家ではあのコンビニのことを食糧庫と呼んでいる。

 お金さえ払えば常に新しい食糧が手に入るというのが名前の由来だ。

 ただ、コンビニは便利な反面、割高という問題もある。

 食材を買って自分で調理をすれば安上がりなのだが、買っておいた食材が食べきれないという短所を考えれば、案外コンビニの方が得という場合もあるので甲乙付けがたい。

 そんなことを考えながらコンビニの店内に入った。

 先ほどまで月明かり中を歩いてきたので店内の照明が眩しい。

 早雪は目当ての物が並ぶ冷蔵ケースの前に立って物色を始めた。

 

 「ヌシ様は麺類でしたね」

 「うん、実はもう決めてるんだよね」

 「そうなんですか?」

 「一応、何度も通ってるから置いてあるものくらい把握してるしさ」

 

 ちなみに今晩のメニューは和風しょうゆパスタにしようと思っている。

 和風のパスタは出汁が利いていて病みつきなるため何度食べても飽きることはない。

 カゴの中にパスタを入れながら早雪が商品を手に取るのを待った。

 どうやら二種類に絞って悩んでいるようだ。

 片方はしょうゆが香る焼きうどん、もう一方はいくつかのおかずが入った幕の内弁当だった。

 品数という点では幕の内弁当が優勢に思われたが、僕と同じ麺類という理由で焼きうどんも捨てがたいらしい。

 二つの商品を交互に見比べながら決めかねているようだ。


 「二つ買ったら?残れば明日食べればいいんだしさ」

 「いいんでしょうか?」

 「悩むくらいならその方がいいと思うよ。分け合って食べることもできるし」


 妥協案を提示すると早雪は嬉々として二つの商品をカゴに入れた。

 最近、彼女の好き嫌いが少しずつわかってきた気がする。

 基本的に好き嫌いはないのだが、好んで食べるか、そうではないかという微妙な違いはあるようだ。

 ちなみに大好物はパンだと思っている。

 中でも駅前のあのパン屋で買ったものが特にお気に入りで、許されるなら毎日あのパンでも良いと思っているほどだ。

 もちろん、僕自身もあの店のパンは好きなのでたまに彼女を連れて買い物に行っている。

 あの店のパンを知ってしまうとコンビニで売っている袋入りのパンは何かが違うらしくあまり好んで手を伸ばさないようだ。

 レジで会計を済ませて店を出た。

 夜道を歩きながらアパートへの帰路を急ぐ。

 そんな時だった。

 暗闇で三つの人影が前方からこちらへ近付いて来るのが分かる。

 まるで僕らの進路を塞ぐように歩く人影は僕らの目の前で立ち止まった。


 「おっと、ここから先は通行止めだ」

 「大人しくしな」

 「逃げようなんて思うんじゃねえぞ」


 三つの人影はそれぞれ不敵な笑みを浮かべているらしく品の無い笑い声を上げている。

 月明かり程度の光しかないので顔をはっきりと確認することはできないが、面倒な相手だということに間違いはなかった。

 厄介事は好きではないので何とかやり過ごして立ち去る方法を考えるしかない。

 

 「ど、どいて貰えますか?」

 「ふーん、俺らを見てもビビらないのか。お、そっちの姉ちゃん、いい女だな」

 「すっげー、めちゃくちゃ美人じゃないですか」

 「おいおい、良く見ろよ、こいつ案外ビビってるって」


 三人目の男は最初の二人と違い冷静で、僕の心中を察しているようだった。

 こちらには早雪がいるため彼女に危害を加えられるわけにはいかない。

 ゆっくりと後退りをしながら距離を取ることにした。

 

 「ヌシ様、この方々はお知り合い…というわけではありませんね」

 「あ、ああ…」

 「では、やはり退いてもらいましょう」

 「…え?」


 早雪は間髪入れずに両手を前に突き出した。

 その動きは前方の空気を押し出しているようにも見える。

 次の瞬間、男たちの身体が宙を舞っていた。

 どうやら神通力で男たちを吹き飛ばしたらしい。

 身体が数メートル後方まで飛んだところで男たちの悲鳴が聞こえた。

 

 「聞け、下郎共!二度と顔を見せるな!」

 「ひッ、ば、バケモノ!?」


 早雪は三人の男たちを一喝した。

 こんな彼女を見たのは初めてだ。

 毅然とした態度で男たちを睨みつけている。

 そんな迫力に怖気づいたのか、男たちは散り散りになって走り去ってしまった。


 「さ、早雪?」

 「あの者たちの一人からアヤカシの気配を感じました。おそらく、あの男の目を通じて私たちを監視しようとしたのでしょうね」

 「じゃあ、それが分かったからあんなことを?」

 「たいしたことではありません。それに、その気になれば息の根を止めることもできますから」

 「そ、それは怖いから止めて」

 「大丈夫です、手加減は心得ていますから」


 時々早雪のことがわからないことがある。

 古墳公園の一件でも躊躇なく地下のトンネルを崩落させるという強引な手段を取った。

 彼女にとってはそれが合理的な方法だと思っているようだが、人間の常識で考えればそれはかなりかけ離れたものだ。

 彼女にはできる限り人間の常識を教えたいと思っている。

 それが人間の社会で暮らしていく上で必要なことなのだから。

 そして気になったのが、あのアヤカシが間接的に接触をしてきたということだ。

 早雪の言葉通りであれば男の目を通じてこちらを監視しようとした意図があるらしい。

 アヤカシの持つ神通力は使い方次第でそんなこともできるようだ。

 つまり、当事者であるアヤカシが近くに居なくても干渉してくる可能性があるということになる。

 どこまで警戒していればいいのかわからなくなってきた。

 考えに凝り固まれば相手の思う壺だろう。

 些か強引な手段ではあったものの今回は早雪の判断で事なきを得ることができた。

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