シーン13 御守り

 今朝のニュースで昨日の出来事が話題に取り上げられていた。

 テレビには古墳公園の一画に出来た直径二メートルほどの大穴が映し出され取材記者がそれを覗き込んでいる。

 確かに早雪が言った通り地下に掘られたトンネルが崩落したものだとわかった。

 テレビでも戦時中に使われていた防空壕の一部と説明されておりこの点については予想通りだ。

 ニュースによるとこの崩落による局所的で小規模な地震が起きたと語られた。

 また、この防空壕は戦時中の状況を今に伝える大切な遺構として保護されるようだ。

 現場となった場所は保護と調査が進められるためしばらく立ち入り禁止になるらしい。

 その原因を作った早雪はニュースへの反応が薄かった。

 そもそも長い間を生き続けてきたため戦時中の話くらいならつい最近のこととでも思っているのだろう。


 「なんか別の意味で大騒ぎになってるみたいだな」

 「仕方ありません。あの時はあれが精一杯でしたから」

 「しばらく立ち入り禁止になるみたいだし、その間は近くことも出来ないから安心かな」

 「それはどうでしょうか。あの場所に多くの人間が詰め掛ければあの者も黙っていないでしょう。縄張りを捨てて山を降りてくる可能性も否定できません」

 「つまり、まだ安心は出来ないと?」

 「あくまでも可能性の話なので用心しておいて損はないでしょう」


 早雪は至って冷静に状況を分析しているようだった。

 これも同じアヤカシの性質を理解してのものだろう。

 彼女が同じ立場だった場合を想定して注意を促してくれたようだ。

 彼女の話が本当なら古墳公園に近付かなくても向こうから危険が迫ってくるかもしれない。

 昨日あれだけの騒ぎを起こしているので用心に越したことはなさそうだ。

 ただ、用心というのは具体的に何をすれば良いのだろうか。

 早雪のように離れた場所に居るアヤカシの気配を察知することはできない。

 町中で突然出くわすという危険性もある。

 また、相手がアヤカシということもあるのでどんな手段で攻め立ててくるのか検討もつかない。

 早雪は相手の神通力を自分の力で打ち消していたと言っていたが、それは隣に彼女が居て成立するものだろう。

 では、一人の時はどうすればいいのだろうか。

 腕を組んで考え事をしていると早雪は何かを取り出した。


 「ヌシ様、これを渡しておきます」

 「これは?」

 「私の力を封じた魔除けです。昨日のこともありますので持っていた方が安心かと」

 「魔除け、ね。これは持っていればいいのかい?」

 「はい、肌身離さずお持ちください」


 早雪が手渡して来たのは神社によくある御守りだった。

 この中に彼女の力が封じられているらしい。

 これなら普段持ち歩く鞄にでもぶら下げていても違和感はないだろう。

 何かあればこの御守りが守ってくれるようだ。


 「やっぱり昨日のアヤカシは危険なヤツだったのかい?」

 「まだハッキリとはわかりませんが、ヌシ様に神通力で何らかの干渉をしようとしていたのは事実です。あちらの縄張りに踏み込まなければ危害を加えてくるようなことはないかと思いますが、あの者が縄張りを離れている可能性もありますからね」

 「考えたくないな…」

 「用心に越したことはありません」


 あくまでも用心ということなのでこの御守りがあるだけでも気持ち的な余裕はある。

 もちろん出来ることならこのまま接触せずに過ごすことが最善だ。

 触らぬ神に祟りなしとは良く言ったものだと感心さえしてしまう。

 貰った御守りは普段から使っている鞄に取り付けた。


 「さて…それじゃあ仕事に行ってくるよ!」

 「はい、では十分にお気をつけください」


 早雪は深々と頭を下げて外出を見送ってくれた。

 この光景も最近では見慣れてきたものだが、彼女に出会うまでは想像出来なかった出来事だ。

 誰かに見送られて外に出るというのは新鮮な気持ちになる。

 外に出ると身が引き締まる思いがした。

 本能的に身を守る気持ちが働いているようだ。

 何年も同じ道を使って会社に通っているが今日ほど緊張したことはない。

 たまに何度か後ろを振り返って誰かが居ないか確認をしつつ会社にたどり着いた。

 必要以上に後ろを振り返って歩いていたので周りの通行人は不審に思っただろう。

 冷静に考えれば自分自身がおかしな行動をしているという自覚はある。

 デスクに着いた頃には精神的に参っている状態で大きな溜め息が漏れた。


 「おはよう、狭山。何だよ、朝から疲れきった顔をして」

 「川崎か…いや、ちょっとな」

 「さては、彼女と朝からお楽しみだったな?」

 「そんなんじゃないよ…」

 「ふむ、ツッコミを返す元気もないのか。こりゃ重症だな」

 「いや、昨日からいろいろあってさ。精神的に疲れが出たんだよ」

 「昨日といえばニュースにもなっていたけど 、古墳公園のアレは結構騒ぎになっていたみたいだな。今朝も報道のヘリコプターが空から取材をしていたみたいだし」


 川崎の言葉を聞いて思わず目を見開いてしまった。

 彼は意図してこの話題を出したつもりはないだろう。

 時事ネタとして話題作りに用いただけに過ぎない。

 普通ならたわい無い話として一蹴しているところだ。

 心なしか心拍数が早くなっている気がする。 


 「そ、そうだな。俺も驚いたよ」

 「ふむ、何で落ち込んでるか分からないけど、仕事はキッチリ頼むぜ」


 川崎は時計を確認して自分の持ち場へ戻っていった。

 そろそろ始業の時間が迫っている。

 それなのに風邪を引いた時のような身体の倦怠感に襲われ元気が無い。

 原因は精神的な疲労なので意識を強く持てば気分も晴れるだろう。

 理由はどうあれ上司や後輩たちに不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。

 トイレで顔を洗って気持ちを切り替えた。

 仕事の間はいつものように集中していたので今朝のような不安は一切なく時間が過ぎるのもあっという間という感じだ。

 仕事が終わればアパートに帰らなければならない。

 普段なら早雪の待つ自宅へ一目散に帰るところだが今日は会社の外に出るのが怖かった。

 帰りはなるべく人通りの多い道を選んで身を守ることが最善の策だろう。

 心配をよそにアパートへはすんなりと帰ってくることができた。


 「ヌシ様、お帰りなさいませ」

 「ただいま。変わったことはなかったかい?」

 「こちらは何も。それよりもヌシ様、お渡しした御守りはどうなさいました?」

 「…え?」


 突然早雪が真顔になったことに驚いてしまった。

 恐る恐る背負っていた鞄を見ると昨日取り付けたはずの御守りがなくなっていたことに気が付く。

 良く見ると肝心の御守りが取れて紐だけが残っている状態だ。

 一見すると何か強い力で引きちぎられたようにも見える。

 もちろん鞄を背負っている間は誰かに引っ張られるということはなかった。

 では、いつ御守りはなくなってしまったのだろうか。 

 今頃になって恐怖心が心を染め上げていった。


 「…なるほど。元々これは人の力でどうにかできるものではありません。明らかに神通力によって無理やり引きちぎられています」

 「い、一体誰が…」

 「この街にも私のようなアヤカシは住んでいますが、昨日のことを考えればあの者が原因と考えるのが自然でしょうか。私も出来る限りの力を使って情報を集めましたが、少なくともこれまでにあの者がこの屋敷の近くに来たということはありませんでした」


 早雪はアパートから神通力を使って情報を収集していたようだ。

 そして、今日のところはこのアパートに近付いたアヤカシの気配を感じることはなかったらしい。

 つまり、彼女の仮説が正しければ狙いは僕ということになる。

 実際に御守りがなくなっているとこを考えれば辻褄が合ってしまう。

 彼女の指摘通り十分な用心が必要になりそうだ。

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