シーン12 縄張り

 休日ということもあり古墳公園は家族連れで賑わっている。

 今日の空はよく晴れていて気持ちが良いためピクニックには最適だ。

 周りを見るとピクニックシートを広げた親子がお弁当を食べたり寝そべって空を見上げたりしている。

 他にもキャッチボールをする親子や犬の散歩をしている人も居りそれぞれの休日を楽しんでいるようだ。

 僕らは公園の中でもさらに少し標高の高い場所を目指した。

 目的地には大きな看板が設置され公園が作られた背景や古墳に眠る権利者の情報が書かれている。

 その中に目的地であるもみじ展望台という文字を見つけた。

 秋には紅葉と街の風景を同時に楽しむことができる人気の場所だ。

 先ほどまでいた駅からそれなりの高さまで登ってきたため見晴らしが素晴らしい。

 この場所にはいくつか屋根付きのベンチが設置されているのでゆっくり街の景色を眺めることができる。


 「さあ、着いた」

 「凄いです。街が一望できます」

 「登って来るまでが大変だけど一見の価値はあるだろう?ここで昼食が出来たら最高かなって」

 「あ、そうでした。パン!買ってきたパンが早く食べてみたいです」


 早雪はパンのことを思い出してテンションが上がっている。

 ここまでわざわざ登ってきた達成感もあるため食事も普段より美味しく感じるはずだ。

 袋の中から彼女が選んだパンを手渡した。

 袋を開けると甘くて美味しそうな匂いがしている。

 彼女はパンを一口大にちぎって頬張った。


 「ヌシ様、このパン、甘酸っぱくて美味しいです」

 「さっき選んだ期間限定のやつか。ちょっと一口貰うよ」


 早雪の持っているパンを一口大にちぎって口へと運んだ。

 彼女が言ったとおり上に乗っているジャムのほどよい甘さと柑橘系特有の酸味が後から追いかけてくる味付けだった。

 あの店は期間限定の商品が人気になると定番メニューに加わることがある。

 この味ならまた食べてみたいという気持ちになるためその可能性もありそうだ。

 彼女は残ったジャムのパンを頬張りながら次のパンを選んでいる。

 そんな時だった。

 早雪は急に手を止めると真剣な顔つきで何かを警戒するように身構えている。

 その様子にただならぬ雰囲気を感じた。


 「ど、どうしたんだい?」

 「近くでアヤカシの気配を感じます。まだ距離が離れているので姿は見えませが…」

 「ここ、別のアヤカシの縄張りだったのかな?」

 「おそらく。ただ、ここまで登ってくる途中まで気配はありませんでした。この先にアヤカシのねぐらがあるのかもしれません」


 早雪は気配がするという方向に身体を向けて一点を見つめている。

 彼女に倣ってそちらの方向を見てみたが何も見つけることができなかった。

 気配というのは第六感のようなものなのだろうか。

 一説によれば第六感は磁気を感じ取る能力だともいわれている。

 

 「き、危害を加えてくるような気配はあるのかい?」

 「いえ、今のところそのような素振りはありません。こちらの様子を伺っているようです」

 「たしか、アヤカシは基本的に争いを好まないんだろう?敵意がないことを示すために距離を取ったらどうかな」

 「経験上、先に動くのは得策ではありません。仮に敵意を持ったアヤカシであれば背後から襲われる危険性もありますから」

 「じゃあ、このまま睨み合ったまま動けないと?」

 「相手が何者か分かれば対処することも可能です。まずはどんなアヤカシか確認してみないことには…」


 お互いに膠着状態が続いているため相手が引き下がるのを待つほかないようだ。

 下手に動けば相手を刺激してしまうことになってしまう。

 早雪から相手が見えていないということは、相手も彼女のことを認識できていないのだろう。

 ただ、ここで問題なのは相手の縄張りに踏み込んでしまったという点だ。

 どちらに非があるのかと問われればこちらが圧倒的に不利になってしまう。

 不可抗力だとはいえアヤカシの世界では日常茶飯事のようだ。

 普通は縄張りに踏み込んでしまったアヤカシが身を引くことになっているが、今回は僕が一緒にいるためそれが足枷になっているらしい。

 アヤカシが人間を襲うことはあまりないようだが、もし機嫌が悪ければそんな常識は当てはまらなくなってしまう。

 そして、彼女の話によればアヤカシである彼女と一緒にいる僕に向けて何らかの神通力を使ってきているようだ。

 しかし、彼女はその力を自らの神通力で相殺しているため僕には何も起こっていない。

 目に見えない世界でお互いに鍔迫り合いが行われているようだ。

 

 「どうにかして相手が何者なのかわからないのかい?たとえば、早雪の力を使って、とか」

 「神通力のことですね。実は先ほどからやっているのですが、相手の神通力で無力化されています。どうやら私と同等の力を持った者のようです」

 「じゃあ、どうすれば…」

 「他の方法を試してみます。おそらく状況が打開できるかと」

 「他の方法?」

 「少し強引ですが他に方法が思いつかないので。ヌシ様は私から決して離れないでください」


 早雪は何か覚悟をした様子で唇を噛んだ。

 詳しい説明がないのでこれから何が起こるのか見当がつかない。

 強引というからには何かよからぬことが起こるのだろうか。

 そんな時だった。

 覚悟を決めて先ほどまで選んでいたパンの袋を僕に手渡して精神を集中している。

 そして、彼女は一瞬だけ目を細くすると両手で地面を押すような動作を見せて内に秘めた力を解放した。

 

 「な、何を!?」

 

 早雪は地面に向かって神通力を放ち地震を引き起こした。

 それほど強い揺れではなかったものの相手を驚かせるには十分なものだ。

 立っていられないほどの揺れではないが、それでも近くの木々が枝葉を振るわせる程度には揺れている。

 

 「ヌシ様、走ってください!」

 

 早雪は揺れが収まる直前に僕の手を引いた。

 騒ぎに乗じて距離を取る作戦のようだ。

 しかし、今の地震で公園にいた家族連れなどはちょっとしたパニックになっている。

 中には泣き出す幼い子どもの姿もありいたたまれない気持ちになった。

 騒然とする公園の中を駆け抜けて気配の主から距離を取る。

 ちょうど公園の入口付近に近付いた時、早雪は後ろを振り返って足を止めた。


 「どうやら距離を取れたようです。おそらく大丈夫でしょう」

 「さ、早雪…ちょっとやりすぎじゃないか?」

 「力は制御したつもりでしたが、あの方法しかなくて。でも安心してください、揺れたのはあの場所だけです」

 「そもそも神通力で地震を起こせるのかい?」

 「いえ、今のはきっかけに過ぎません。私たちの居た足元に空洞がありました。そこを刺激したんです」

 「空洞?ああ、昔この辺りにあったっていう防空壕の跡かな。じゃあ、トンネルが崩落したってこと?」

 「おそらく一部は崩れ落ちているでしょうね。揺れを引き起こすためには必要なことでした」

 「それ、マズイんじゃないかな…」

 「ヌシ様を守るにはあの方法が最善だったと思います」

 

 早雪は自分の行動に自身を持っていた。

 再び現場に戻って状況を確認したい気持ちだが、今戻れば先ほどのアヤカシが待ち構えている可能性が高い。

 どちらにしても起きてしまった事実は変えられないためこれ以上の深入りは危険だ。

 楽しい休日になるはずだったのにこんなことになってしまいとても後味の悪いものになった。

 早雪に悪気があったわけではないため彼女を問い詰めるつもりもない。

 しばらくの間はこの公園に近付かない方がいいだろう。

 時間は太陽の位置からちょうど真上の正午に指しかかろうとしていた。

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