第63話 戦闘ルート:そして空は緋色に染まる Ⅰ

 それからしばらく。

 何も起きないまま日は過ぎて。


 なんだかこんな平和な日々、信じられないんだけど、ヴィンセントやヨナタンからもルツィアが動いている様子はないと報告されてる。


 だから私は射撃演習場で、イルダールの選抜ですこしずつ数を増やしてきた騎士さんたちに銃の撃ち方をレクチャーしたりしてるんだけど……。


 でも、ここまでなんの動きもないルツィアってなんだか不気味だな。

 もう私はここまで宮廷の武闘派を制圧してるのに。


 あ、こんなこと考えてないでちゃんと射撃の様子を見てないと!


「はい、そこの右から二番目の騎士さん、ええと……トシュテンさん」

「はっ!」

「構えが良くないです。もうすこし腕の位置を……イルダール、お願い」

「仰せのままに。ただ我が騎士団員に敬称をつけて呼ぶのはおやめください。

 姫はそのような立場ではございません」

「立場なんか持ってたって戦いに勝てないし」


 それに自分より年上っぽい人呼び捨てにするのはやっぱ抵抗あるんだよね。

 と付け加えようとしたら、イルダールの眉間の皺が増えていく。


「……姫」


 ずっしりとしたイルダールの声。

 食べたら三日間は胃がもたれ続ける大盛りトンコツラーメンみたいだ。

 重い。おいしいけど、重い。


「はい……なるべく善処します……」




                    ※※※




 すっかり銃の扱いに慣れたイルダールとアルビンは、だいぶ射撃教官の姿も板についてきた。


 ……本当はわたしも先生をやりたかったのにダメ出しされたけど。


 平民とか名前の数とかそんなのどうでもいいのにー!!


 というわけで強いて言うならいまの私は野球の監督です。

 たぶん、私には世界一向いてない職業です。

 人の姿を見て、欠点、良い点を指摘して、なのにあとはコーチに任せなきゃなんてもどかしくて。


 今のところ私がいちばん射撃が上手なんだから、私がガンガン教えればいいじゃん?って思うんだけど私は『偉い人』だからダメなんだって。


 あー、私、司令官みたいなのには向いてないな。うん。


 自分でやっちゃう方が楽しいし速い。

 最前線から突っ込んで、あとは勝つまで戦うだけ!


 ……でも、これからはそれじゃいけないんだよね……。

 私がルツィアに勝てたら、ヤルヴァの全軍の総指揮をするのは私なんだもん。


 指揮官は頭脳、兵士は手足。

 手がなくても人は生きていけるけど、頭が吹っ飛んだら人は生きていけない。


 お父さんから聞いたどこかの国の戦略家の言葉を私は心の中で繰り返す。


 私は……私なんかがなれるか心配だけど……この国の頭脳になるんだから。


 ちょっと覚悟を決めて、各人の射撃を観察していたら、ここに連れていく権利を賭けて前に私と戦ったマティアスと目が合う。


 あ、確かに最後列じゃなかったんだね。よかったね。


 そんな気持ちを込めて微笑んで頷いたら、いままで綺麗に的を射ぬいてきたマティアスの弾がとんでもない方向に逸れだした。


「マティアス!」


 イルダールの怒号が飛ぶ。


「申し訳ありません!」


「姫も!」


 え、なんで私も?!


「訓練中に軽々に微笑などは下賜なさらないよう!ご自身の美貌の価値を考慮下さいませ!」


 び、美貌。なにそれ。


 まあ確かに鏡を見るたび、乙女ゲームのヒロインらしいブロンドの女の子がそこにはいるけど、私の自分のイメージは、かりっと日に焼けてて、たまに男の子に間違えられることもある由真のまま。


 だから、美貌なんてこの世界に来るまで言われたこともない名詞に、背筋がブルブルする。


 ……ルツィアに勝ったら髪を黒く染める方法がないか聞いてみよう……それで、もう少し日焼けをしよう……。


 なんて世界平和と天秤に掛けたらずいぶんしょぼい願い事を考えていたとき、ドン、と地面から伝わるような重く鈍い音が響いた。


 椅子に掛けていた私の体も音に合わせてちいさく跳ね上がる。


 うわ、なんか、爆発?!


「なにごと?!」


 私が声を上げると同時に、射撃訓練所の入り口で見張りをしていた騎士さんが駆け込んできた。


「イルダール殿、ご報告!王城付近に異変あり!先程の異音とともに空の色がまるで窯変……!」


 イルダールに目くばせされたアルビンが入口へと駆け出していく。


 ざわっとした騎士さんたちにイルダールが鋭い声を投げる。


「おまえたち、動揺するな!我らは栄誉ある帝国守護騎士団のその先鞭!姫もここに……。

 姫!アルビンがゆきました!姫はお戻りください!」


 ごめんなさい、イルダール。やっぱり私、指揮官には向いてないよ。

 こんなときは最前列にいたいの。


 私は制止する彼の手を振り払ってアルビンのあとを駈けていく。


 そして、外に出て、息を呑んだ。


 まるで炎が流れるように、王城を起点にして青かった空が赤く染まっていく。


 夕焼けの優しさとも朝焼けの穏やかさとも違う、血のような、まるでルツィアの髪の色のような、鮮やかすぎて目が痛むほどの緋色。


 はじまった。


 それは、直感だった。

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