第64話 戦闘ルート:そして空は緋色に染まる Ⅱ

「姫……まったくあの方はご自身のお立場を……。

 よし!総員、疾くと『神器』を手筈通りに仕舞い、姫をお守りせよ!主君を先頭に立たせるなど騎士の恥!我ら帝国守護騎士団は帝国と皇帝を守るためだけにあり!

 おまえたちの前をゆく可憐な姫君は次の皇帝ぞ!」


 背後からイルダールの大きな声と、騎士たちが立てるガシャガシャという音が聞こえる。


 イルダール、なんにも言わないで勝手なことしてごめん!

 でもイルダールならちゃんと後衛指揮もしてくれるはず。信じてるからね!


 

                   ※※※



「アルビン、王城直近に展開されてる守護騎士は何名?!」


 走りながら、私は隣のアルビンに聞く。

 アルビンも速度をゆるめず、まっすぐ前を向いたままその質問に答えてくれた。 


「約2,000!常と変らず大隊相当人数が詰めております!」


 うん。人数だけならいつも通り。

 でも……そこにはイルダールもアルビンもマティアスもいない。

 

「だけどあなたもイルダールもいないのよね。それに『神器』の訓練に選抜されたのは守護騎士の中でも手練れ……」


 ああもう。

 甘かった私の見通し。

 ルツィアが動く気配がないからって射撃訓練に傾注して……ううん、でも、みんなからの情報は毎日朝晩確認してた。ほかに何ができたの?


 ……言い訳はダメ。指揮官は私。

 きっとあったはずの『何か』を取りこぼしたのも私。できることも前兆もあったはずなのに……!


 大公の言葉がいまさら響く。


『一国の統治者というのはそういうものだ。最後にはすべての責と名誉を己が中に受け止める。

 だからこそ国民は統治者についていく』


 ならばこの責任を取るのも私だよね?

 誰のせいでもない、全部私のしたこと。負けで終わるか勝ちで終わるかも私が決める。


 ……なら私は負けっぱなしでなんかいない!


 え?情報を取りこぼした?手を読まれた?

 ならもう一度考えればいいだけのこと。

 王城や王都、騎士さんたちに犠牲者さえ出てなければいい。

 それならまだこの速さなら挽回できる!


 私はエーレン。

 絶対に挫けない、黒い戦姫エーレンなんだから!   


 けれどアルビンがくれた返答は意外な物だった。

 

「御安心ください。『神器』の訓練中は大公がご自身の兵を貸してくださっています。あの方直下の兵は国境戦争を教訓とされ、帝国最強を詠われる強者揃い。

 なにより大公ご自身より強い方はこの国にはおりません」


 私は思わず口元を抑える。


 そんなこと……全然考えもしなかった。

 大公がここにいてくれることの意味。

 それはただ、大公が私たちをサポートしてくれるだけじゃなく、領地の兵も連れて来てくれてるってことだったのに。


 挫けないと決めたばかりなのにすこし折れそうになる。

 いくら剣や銃なら誰にも負けなくても、私は戦争をしたことがない。

 何千、何万人……ううん、何十の運用も実戦ではしたことがない。剣道の団体戦とは全然違う。


 指揮官としての私はアルビンにも遙かに及ばない……。


 それでもため息をぐっと飲み込んで、私はアルビンに笑ってみせる。


 死地でこそにっこりと笑え。


 それがお父さんの教えてくれたこと。

 勝っても負けても見苦しくないように、と。


 その上でこれから学ぶことの優先順位を少し変える。

 とにかく戦争の仕方を。

 統治の仕方やこの国の仕組みより先に、黒薔薇姫エーレンらしく戦えるもう1つの力を手に入れる!


「そう。よかった。いい策を立ててくれてたのね。あなたたちはやっぱりこの国の要だわ」

「すべてはイルダール殿の知略と政治力……」

「ダメよ。イルダール一人に戦争をさせるつもり?イルダールが安心して動けるのはあなたのような背中を任せられる人がいるからよ。アルビン、マティアス……すべてが騎士団の大切な人……」

「申し訳ありません、姫!」

「え?」

「頬を赤らめたいのですがその余裕がございません!」

「……別に赤らめなくてもいいから……」


 アルビンのこと『自害の人』から『やっぱり次期帝国守護騎士団長候補』くらいにかなり見直したんだけど、ダメだ、この人はやっぱり『自害の人』だ。


 それに赤いのは空だけで充分です。


 ……って、えええ?


「青?!」


 朱色の空に透き通る無数の青いラインが通っていく。

 まっすぐに、まっすぐに、どこまでも遠くまで。


 なにあれ……すごく、綺麗……明けない夜を裂いていくような……。

 ……夜明けの魔法?


 隣を走るアルビンも声が出ないようだった。


 もともと、騎士団は魔法とかそういうの、あんまり信じてないから無理もないけど……でもこの光の矢の数……すごい……!


 王城に近づくにつれ見えてきたのは、城壁や屋根の上に展開している弓兵たちだった。


 規則正しく並んだその列は、一人が矢をつがえている間にも違う誰かかが矢を放てるような戦列になっていた。

 そして、弓を射る時間に間があかないようにして、次々と矢を空へと放って行く。

 レーザーみたいに透き通る青い光はその矢の軌跡そのものだった。


「姫!

 お約束通り僕は姫の傍におります!」


 そして、その弓兵たちの間から大きく手を振っている人……それは私が想像もしなかった人。


 風になびいてつやつやに輝く茶色の髪。アーモンド形の瞳。それに、「優しい」としか言いようのない笑顔。乙女ゲームのキャラらしくかっこいいけどあんまり特徴がなくて薄味で、おでんの具に例えるなら大根……。


 そこにいたのは___。


 レオン・イェンス・ルンドヴィスト侯爵だった。

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