第62話 禁域ルート:カタリナ

「お姉さま、『遺産』について調べ物をしてらっしゃるようですね……」


「えっ」

 

 大公の仮住まいを辞してカタリナの部屋に足を延ばしたんだけど……。


 初っ端からすごい速球を投げられた気がする。カタリナ、可愛い顔して切れ味鋭すぎ。

 もうこれ『白薔薇の帝国』ヒロインの覚醒カタリナに切り替わってない?

 

 だって、なんでカタリナが知ってるの?

 サキや大公のところに行くとき___『遺産』について調べたいとき____は護衛の騎士さんに捕まらないようにわざわざ窓から出入りしてるのに!

 マジェンカに誰が来ても勉強中だからと追い払って!って頼んだのに! 


 だけどこのときほど自分の部屋が二階で良かったと思った時はないわー。

 さすがに二階以上の高さの窓から飛び降りたら、ちゃんと着地できる自信がない。 


「そのために今日はロルフお爺さまの逗留する館へ……。お爺さまは答えをくださいましたか……?」


 うわあ、そこまでバレてる。

 誰だか知らないけど、調べた人すごい。


「う、うん、くれた。アトロポスの管理人は自分、『神の血』の管理人はカタリナだけど、あなたが成年になるまで共同管理するって。あとは詳しいことはカタリナしか知らないからって言われてあなたのところに来たの……だけど、どうして知ってるの?」


 とりあえず一応聞いてみる。

 大丈夫!ここまでに私の身に起きたことに比べれば、どんなキテレツな答えが返ってきても驚かない! 

 でも、『白薔薇の帝国』ってこんなアクの強いゲームじゃなかったはずなんだけどなあ……。


「お姉さまを追わせていただきました。わたしにも信頼できる者は何名かおりますから……。

 このようなお見苦しいこと大変申し訳ないのですが、『遺産』について探る方がいれば、それがお姉さまでなくお父さまでも私は同じようにしたでしょう……。そのための、『神の血』の管理人です」


 そしてカタリナが、きれいな苔桃色のソファを手のひらで指し示す。


「ひとまずお座りになってくださいな……。『遺産』のお話をしにいらしたのでしょうから……」


                    

                      ※※※ 




 ソファに二人並んで腰かけて、私はかくかくしかじかで、と事情を説明する。

 ユゼのことも、ところどころ切りぬかれた異様な歴史書のことも。

 

 悪神イハがルツィアにそっくりだということも伝えられたけど、さすがに女神ヨンナに死ぬ前の元の私に超似てることは黙っておいた。

 

 これ以上ややこしい説明は繰り返したくない……!!


「お話はわかりました。でも、『神の血』は今はお譲りすることはできません。それはルツィアお姉さまも同じですからご安心を……」 


「どうして?それ、かなり大事な部分なんだけど。ルツィアとユゼの関係を仮説でなく証明するのに」


「『神の血』を受けるには相応の強さが必要なのです。でなければ、人の身で神に近づこうとした罪科でたちまちにその体は天からの雷で焼け爛れる……」


 ……エグい。

 乙女ゲームの世界で『焼け爛れる』なんて言葉が出てきたのは初めてだよ……。


 『白薔薇の帝国』にはそんなシーンも台詞もないのにどうしてこうなった……。


 いやそんなことはこの際どうでもいい。

 どうしてカタリナは『神の血』は譲らない、なんて言うんだろう?

 アトロポスだって私のことを選んでくれたのに。

 

 あ。もしかして。


「『神の血』は今はあなたが使ってるの?だから渡せない?」


 一瞬、『白薔薇の帝国』に出てきた、凛々しい戦場の花のカタリナが突然現れたように見えた。背筋をぞくぞくしたものが這う。


 そうだ。彼女もそれができるんだ。そういう風になれるんだ。

 彼女の中にもヒロインの素質は残ってるんだ。


 『白薔薇の帝国』ではルツィアっていう敵がいたから、その力は全部そこへと向かって行ったけど、もしもそれが違う方向に向けられたら……。


「なんて顔をなさるの、お姉さま?」


 最悪の状況を想像した私の顔を見て、カタリナがくすり、と笑う。


「ご安心なさって……わたしごときに『神の血』は御せません。ただわたしは時折それの無事を確認するだけの管理人……。お姉さま、『神の血』はアトロポスよりもっと主人を選びます……。消えた古代の神の叡智と記憶……わたしたちには測ることのできないもの……わたしはただお姉さまの身を案じているだけ……」


「でもそれじゃあ永遠に誰も使えない」


「だからこその観察者です。使うべき時が来たのか……受け止めきれる器がであるか……わたしは観察しています……」


「だってこの前そろそろ決めるって……それにこれは大公から聞いたけど、あなたがルツィアのことはお父様でなく姉の私に任せてって同じ管理人の大公に頼んだんでしょう?

 きっと全部、何か理由があるんだよね?でも言ってもらわないとわからないよ……」


「ごめんなさい、お姉さま。わたし、お姉さまを困らせたいわけではありませんの」


 なんとなくうつむいてしまった私を見て、カタリナも悲しそうな顔をする。 

 

「ただ……わたしもこのような大きな決断をするのは初めてなのです……もう少しだけ待って下さいまし。あれは本当に……人の手で扱えるものなのか、それすらもわたしは……怖い」


 脳裏を大公の言葉がよぎる。


『管理人にはある日突然、天啓のようにふさわしいものが選ばれる。それは幼い少女にも容赦はしない』


「いや、こっちこそ、ごめん」

「え、どうなさいましたの、お姉さま?!」


 今まで謝っていた相手に逆に謝り返されて、カタリナは困ったようにぱしぱしとまばたきをする。

 こんなときにアレだけど……睫毛長いなー……。 


「だって大変だったよね……ルツィアはあんなんだし、昔の私は頼りなかったし、カタリナはずっと一人で戦ってきたんだね…」

「戦う?いいえそんなこと。わたしは拳も握ったこともない惰弱な……」

「ううん。暴力だけが戦うことじゃないよ……。大公だっていつも王都にいるわけじゃないし……1人でここまで来たんだね、すごいよ」


 ぽふぽふと綺麗に結われた銀髪を撫でるとカタリナが嬉しそうな顔をする。


 この世界に来てした、私の初めての姉らしいこと。

 ちゃんとできてるかな?

 エーレンはそんなんじゃなかったとか、どうか言われませんように。


「その荷物、重かったでしょ。これからは半分ずつ持とうね。

 あ、『神の血』が欲しくて言ってるんじゃないからね!姉として妹には幸せになってほしいだけだから。この国の国民みんな幸せにしたいのに、妹一人助けられないようじゃ、お先真っ暗だと思っただけだから」


 慌てて発言のフォローをしていた私に、カタリナはクスクス笑いながら意味深な言葉を投げかけてくる。


「お姉さま、わたしは前のお姉さまも今のお姉さまも大好きです」


 え……まさか、カタリナまで私が転生者だって知ってるわけないよね?いや別に知っててもいいんだけど、そうなると本気で説明がややこしくなりそう。

 ゲームの設定だと、カタリナからしたらエーレンは大事な姉だったはずだし。そこに別人の魂なんてムカつくだけだろうし。


 どうしよう……どこからツッコもう……むしろツッコんでいいものなの?ともう頭の中はぐるぐる。 

 

 そのとき、カタリナの細いひとさし指が「静かに」とやるときと同じような動きで私の唇に当てられる。


「お姉さま、いまは何もおっしゃらないで。あとで全部お話ししますから」


 ね?と首を傾げられて、思わず私はうなずいてしまった。

 ……悔しいけど、可愛いって強い。

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