第57話  戦闘ルート:帝国守護騎士団練武場裏・実戦訓練所

「あ、かなり時間立っちゃった!」


 ハグを解いた私が思わず声をあげると、マジェンカが首をかしげた。


「エーレン様?」

「練武場に行く約束をしてたの。今日は大公もいらしてるし、稽古をつけてもらおうと思って」

「それでは、そちらの光輝剣クラーラをお持ちになれば、皆さまたいそうお喜びになるでしょう」

「でも遅刻はダメ―!!走るわよ!……あ」


 駆け出そうとした私はぴたっと立ち止まる。

 お、マジェンカもこの急停止についてきた。マジェンカ、侮れない。


「どうなさいました、エーレン様」

「お父様に移動のときは護衛の騎士をつけなさいって言われてたの忘れてた。

 どうしよーマジェンカ!練武場に行かないと騎士はあんまりいないし、マジェンカに呼びに行ってもらったらもっと遅刻しちゃうし……」


「エーレン様」


 マジェンカが笑う。めずらしく、歯を見せた、心から嬉しそうな笑顔だった。


「わたくしはエーレン様の侍女として召し上げられてから様々なことを学びました。エーレン様の身の回りのお世話だけでなく、わたくしたちが最後の一線であるということも」


 そして、そのすがすがしい笑顔のままマジェンカは、メイド服の袖口からピン、と丈夫そうな糸を引き出した。


「ですからご安心くださいまし。騎士の方々が救援に来るまでの時間稼ぎでしたらなんとかなるのではないのかと」

「マジェンカ……」

「はい」

「あなた……すごいのね……」

「姫様たちの傍仕えの侍女はみなこの程度は修練しております。いくさは殿方の仕事ですが、姫様方をもっとも近いところでお世話をし守るのはわたくしたちだと、僭越ながら自認しておりますから」

「それ、今度教えてくれる?」

「エーレン様がっ?」

「そんなに不思議?」

「いえ、その。平民の下賤の技など……」

「かーんけいないっ。私は強くなりたいの。隙をついてその糸を使えたら近接戦闘でもかなりいい感じにいけそうじゃない?」

「それは……そうかもしれませんが……」


 不承不承といった感じでうなずくマジェンカの肩を軽く叩いて、私はダッシュの姿勢を取る。


「よし!話しはついた!じゃ、走るわよ、マジェンカ!」




                       ※※※




「遅くなって申し訳ありませんでした!」


 私は、イルダール、アルビン、それに大公が揃った帝国守護騎士団錬武場の入り口で頭を下げる。

 

 それを庇うように一歩前に出てくれたマジェンカが「エーレン様はロベルト陛下より急な武器の下賜を受けられておりました。どうか、通常の遅参ではないことを御理解いただければと……」とフォローを入れてくれた。


「理解もなにも、この国の時間は姫のためにあるようなもの。そのうえ、陛下よりそのような貴きお召しがあったのならば我々にはなんの異存もございません。失礼ですが、大公もそのようにお考えだと伝えてもよろしいでしょうか?」

「かまわん、かまわんよ。父と娘の交歓を邪魔するほど無粋ではない。しかも父君からは剣を下賜されたとな?ぜひ手合わせをしてほしいものだ」

「ありがとう、イルダール、ありがとうございます、大公。真剣ですので、練武場の裏の真剣用の訓練所を使ってもよろしいでしょうか?」

「それはもちろん……と言いたいところだが、ここの責任者はイルダールだ。イルダール、きみの意見は?」

「意地の悪いことをおっしゃる。否、と答えることはないことなどご存知でしょう」


 ハハハ、と大公が笑う。イルダールも唇をほころばせた。

 うん、いい感じ。

 強い人たちが楽しそうにしてるのは見てて気持ちいい。


「あ、えっと、マジェンカ、ここまでありがとう!疲れただろうからしばらく休んでてねー」

「いえ、まだ仕事が……」

「薔薇姫命令でーす!マジェンカは二時間自由時間!お昼寝でもなんでもどうぞー」

「……姫……」

 

 なにか言い返そうとしたマジェンカが、ほっと溜息をついた。

 ようやく私の行動にも慣れて来てくれたみたい。


「畏まりました。二時間の休暇、好きなように過ごさせていただきます」

「うん。ごゆっくりー!」




                      ※※※




「では、姫、こちらへ」


 イルダールとアルビンが私を練武場の裏に案内してくれる。


 真剣を使う場所なだけあって、太い木や細い木、それに堅そうな板なんかのいろんな形の実戦用の道具が揃っていた。


 外にあるのもきっと実戦を想定してるんだろう。

 大公に私の剣が「道場剣法」と言われて以来、イルダールたちは目の色がちょっと変わってきたんだ。


「まずはお好きなように剣を御振るい下さい」

「うん、ありがとう」


 私は腰のクラーラをすらりと抜く。


 イルダールとアルビンの息を呑む音が聞こえた。


「素晴らしい!ヤルヴァの粋を集めた剣ですな!」

「あれだけ刀身が薄いということは、とても良き金属を使い、無限と言えるほど火を入れ鍛えたのでしょうか……?」

「であろうな。アルビン、おまえも見ただけでそれがわかるようになったか。おまえは本当に優秀な生徒だ」

「ありがとうございます!!」

 

 アルビンがイルダールに礼をする。


 そのときふと私は、大公の視線が光輝剣クラーラでなく、地味で無骨な絶剣アトロポスに注がれていることに気付いた。


「大公……」

「それはアトロポスだな、お嬢ちゃん」

「御存じ……なんですか?」

「無駄に長く生きているからな」


 大公が高らかに笑う。


「だが私には使えなかった。どうやら私にはそこまでの力はなかったらしい。

 さて、運命さえも断ち切るというその太刀筋、とくと見せてもらおうか」



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