第58話 戦闘ルート:「観察者」と「選ばれた者」

 一度抜いたクラーラを鞘に納めると、イルダールたちが不審げな顔つきで私を見た。


「お使いにならないのですか?」

「ええ。大公はこちらを御所望」


 私がアトロポスの柄に手をかけると、さらに二人の顔はいぶかしげになった。


 皇帝から下賜されたきらめく剣を抜きかけながら、どうしてそんな古びた剣をまずは使おうとするのか、そう聞きたいようだった。


「大公、私もアトロポスを抜くのは初めてです。申し訳ありませんが、何が起こるかわかりません」

「よい。何か起こってこそ正統なる後継者。……若い私が憧れた、な」


 大公のその不思議な言葉を合図にするように、私はアトロポスを鞘から抜く。


 う、意外に重い。2kgくらい……?

 でもこんなの、普段抱えてた散弾銃に比べたら!


 刀身もクラーラとは違って厚みがあった。ファンタジー映画でよく見る剣、そんな感じだった。


「では、失礼します」


 これは斬撃より打撃かな。そう思って私は近くに備えられた立木へと剣を構える。そして、振り下ろし____。


 ただ、言葉もなく立ち尽くしていた。


 イルダールたちが「あの硬さの木材を両断?!」「なんだ、この断面は!」なんて騒いでるけどどうでもいい。


「お嬢さん、何が起きたか年寄りにも教えてくれないか?あそこの二人は気づかなかったようだが斬撃の瞬間、柄の宝石が光った。それに、その剣ではとうていできぬような鋭い一撃。

 ……あったのだろう?お嬢さんも驚くような何かが」


「……はい。宝石が光ったのには気が付きませんでしたが、剣と腕が一体化したような気がしました……腕が

そのまま伸び、立木を豆腐……いえ、ケーキを切ったような手ごたえでした。……信じられません」


 パチパチ、と大公が拍手をする。

 2人も「ん?」とこちらを振り返った。


「おめでとう、お嬢さん。きみは選ばれた」


「どういう……ことでしょうか?」


「見ての通り、アトロポスは装飾に宝石が一つあるだけの無骨な剣よ。女神ヨンナの遺産だというのも、後世に付け加えられた捏造だと言われている。……だが、違う。お嬢さんは知らんだろうがこんな昔の詩がある。


 古き剣は古き物を蘇らせた者の手に

 そは古き運命を断ち切るために

 その剣の名はアトロポス

 女神の友

 絶剣アトロポス


 悔しいことに私がアトロポスを使ったときは何も起きなかった。ただの少々質の良い剣だった。だがお嬢さんには違っていたな?剛毅なお嬢さんが顔色を変えるほどの何かが起きたな?それが選ばれると言うことよ。おめでとう、黒薔薇姫」


 いつものようにしっかりとたのもしげな大公の声___それに混じって『やっと会えたわね』という少女のかすかな声が風に乗って聞こえた。


 『やっと』……?

 あなたは誰……?


 問うことのできない言葉は私の胸の奥に沈んでいく。


 なんとなくしんとしてしまった実戦訓練所。


 イルダールが控えめに「そちらのアトロポスを手に取らせていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねてくる。

 アルビンも「私にはできましたらクラーラを……」おずおずと歩を進めてきた。


「いいわよ。あ、大公、アトロポスをお使いになってみますか?もしかして今なら」

「いや、いい。選ばれなかったということはそうことだ。お嬢さんの騎士たちにまずは使わせてやりなさい」

「はい。じゃあ、イルダール、これ。アルビンにはこれ。壊さなきゃ何してもいいわよ。とりあえずその辺の板を切ってみたら?」

「それはさすがに畏れ多く……!」

「じゃ、命令。自分たちのトップがどんな武器を使ってるか確かめて、感想を言ってみて」

「ならば……姫は本当にお強くなりましたな……」

「弱きゃ死んじゃうから。さ、やってみて」


 そのとき、「エーレン!」と私を呼ぶトーンの高い声が聞こえた。


 あの声は、サキだ。


 それに、横にいるのは護衛騎士をつけた……カタリナ?!


「良かったぁ、会えて。

 エーレンに頼まれてたこと調べてたらすごいことがわかったから、早く知らせたくてエーレンのこと探してて迷子になったの!そしたらね、偶然会ったこのお姉さんが一緒に連れてきてくれたの!」

「出過ぎた真似をして申し訳ありません……お姉さま。お姉さまとロルフお爺さまのお知り合いが迷われていたもので看過もできず……」

「このお姉さん、すっごく優しかったよ!エーレンとは大違い!」

「サキ殿も……ご立派でしたわ……。小さなお体で長い距離を……。騎士に抱かせましょうか、と提案したのですが『ぼくはこどもじゃないよ』と……」


 カタリナがくすりと笑い、サキが胸を張る。


 ……絶対ネコを被ってたな。あの微笑みテロリストは。


「わたくしはお父様からお姉さまにアトロポスが下賜されたと聞き、それを使うのを一目でも見たいと……不躾な真似をしてしまいましたが休憩中のマジェンカに行き先を聞きました。

 でもロルフお爺さままでいらっしゃるなんて……!嬉しいことですわ……」


「私も嬉しいよ、カタリナ。あいかわらずきみは真っ白な薔薇のような娘だ。きみはそのまま変わらないでいなさい」


 大公が鷹揚な笑みを浮かべると、それに反してカタリナは複雑な表情を浮かべた。


「まあ、お爺さま、でもわたくしもそろそろ大人ですのよ……白は何色にでも染まれる色……もう決めるべきだと思案している頃ですわ……」

「そうか……。私はきみたち薔薇姫三姉妹を愛している。なんとか全員が幸せになれればいいのだが……」

「ええ……そうですわね、お爺さま、本当に」


 微笑を浮かべたカタリナが、大公と私を順番に見る。

 それがどこか悲しそうに見えたのは……思い過ごしだといいんだけど……。


「お姉さま……アトロポスはもうお使いに……?」

「ええ」

「いかが……でしたか?」


 とろりと溶けだしそうな甘い飴玉のようなカタリナの緑の瞳が、その甘さとは反する強さで私を見据えた。


「特別な……特別な剣だと思ったわ」


「お姉さま……正直に申し上げてくださいまし。わたくしは公正な観察者としてお聞きしております」


 飴玉の目がさらに力を帯びる。

 うーん……ごまかすなんてできそうにないっていうか、信じてくれるかなあ、カタリナ。

 私だってまだ信じられないくらいなのに。

 

「イルダール、アルビン、サキ、少しの間だけ下がっててくれる?」


 イルダールとアルビンは預けた剣を持ったままさっと引き、サキは「えぇ~!」と頬を膨らませてむくれた。

 ごめんね。サキにはあとでちゃんと報告して相談するからちょっと待っててね。


「運命を断ち切る剣、というのはもしかしたら嘘ではないかもしれないと思ったわ。普通は剣を使うときは、自分の手で柄を握って、自分の技で刀身を動かすんだけど……笑わないで聞いてね、カタリナ。剣を握っていた腕と剣が1つになったような気がしたのよ。それもただ1つになっただけではなくて、腕そのものが鋭い剣になったような気がしたのよ……証拠はあれ」


 私は両断された立木をカタリナへ目顔で指し示す。


「私はあれを切った時、アトロポスで切ったって言う意識がなかったの。……ごめんなさい、これ以上は上手く説明できない」


「カタリナ、お嬢さんは『選ばれた』んだよ。私も間近で見ていたが、平凡な構えの一撃があの硬い木を___お嬢さんの言葉を借りるならケーキを切るように___たやすく断ち切った。そしてそのとき、柄の宝石が光った」


「そう……でしたの……」


 そして、カタリナの唇から細い声で大公も口ずさんだ詩の一節が漏れる。


「古き剣は古き物を蘇らせた者の手に

 そは古き運命を断ち切るために」


 そして、カタリナは優雅にゆっくりと、私と大公に向けて一礼した。


「お姉さま、我儘に応えていただきありがとうございました。

 そろそろ……わたくしも決めるべきかもしれませんわね……答えの出せない観察者に意味はありませんもの……」

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