第56話 戦闘ルート:信頼のゆきつく場所
ロベルト帝より先に武器庫を出ると、見張りの騎士の横にそっとマジェンカが立っていたのが見えた。
ありゃー、マジェンカのことたちっぱにさせちゃったよ。帰っていいよって言っとけばよかった。
でもマジェンカは私のそんな罪悪感なんか気づかないみたいで、騎士さんに黙礼してから私の所へ駆け寄ってくる。
「エーレン様!」
「ごめん、マジェンカ。……あ、騎士さんは申し訳ありませんがもう少しここにいてくれませんか?お父様はまだ武器庫でお考えになることがあるそうです」
「畏まりました」
騎士が深く礼をする。でもマジェンカはそんなのどうでもいように、ただじっと私を見ていた。
「エーレン様、どうしてわたくしに謝罪など?エーレン様は誰にも謝る必要なんかありませんのに……」
「あなたを待たせちゃった」
とりあえずその場を離れ、もともとの目的地___帝国守護騎士団練武場___に向かいながら私はマジェンカと話し続ける。
「警護なら騎士だけで充分。なのにあなたまであそこに立ちっぱなしにさせちゃって、あーあ、私、気が利かないな」
「何をおっしゃいます!騎士たちがエーレン様の手足ならわたくしたちもエーレン様の手足。お仕えすることに誇りはあってもそれを厭うなど……」
「でもそれじゃいけないなーって思うのよ。私もあなたも同じ人間なんだし。
……あ、そうだ、マジェンカ、あなたは姓はなんて言うの?」
「リリェフォッシュです、姫」
「マジェンカ・リリェフォッシュかぁ……いい名前ね」
「そのようなお言葉、もったいない!確かに、姫の傍仕えの侍女として召し上げられたくらいですから、リリェフォッシュ家にもそれなりの格式はございます。けれど、所詮は二つ名。三つ名の方々とは身分が違います」
ナニソレ?
フタツナ?
ミツナ?
青菜の仲間?新種の綱引き?
「どういうことかしら、マジェンカ」
「まあ。姫、お戯れを。姫様たち皇族、貴族の方々はご自身の名前と姓の間に、功績のあった同姓の一族の名前を挟むではありませんか。
姫ならば『アウリ』青薔薇姫アウリ・アレクサンドラ・ヤルヴァ様からです。その美しさと利発さで、女性ながらヤルヴァの特使となり、隣国との戦争を回避した偉大な方です。ヤルヴァの国民は必ずその名を学びます」
えっ、この世界ってそういうネーミングルールだったの?!
貴族だから長ったらしい名前なんだろうなーって勝手に思ってて、誰にも聞かなくてよかったわー。
さすがにこれ聞いたら不審者すぎるわー。
だから『平民』を強調するイルダールは帝国守護騎士団長って地位があるのに、イルダール・スティグソンで、その後継者予定の自害の人アルビンもアルビン・リンドバルなのかー。
そんで、ヴィンセントたちはやたら長い名前を持ってる、と。
「ですから……わたくしは永遠に二つ名のマジェンカです。二つ名の殿方が功績を讃えられ三つ名の女性を下賜されることはあっても、三つ名の殿方が二つ名の女を選ぶことはまずございませんから……」
「それはない!」
思わず大声をあげちゃった。
だってそんなの絶対おかしいよ。
「姫様……?」
マジェンカが驚いたように首をかしげる。
「もし私が女帝になったらそんなめんどくさいことぶっ壊してやるから!だって名前で身分がわかるなんて変じゃない?マジェンカはちょー有能で素晴らしい侍女なのに、能力のない三つ名には絶対勝てないんでしょ?そんなのおかしいよ!」
私はぐいっと拳を握る。
女も男も大事なのはとにかく黙って実力勝負。それ以外のことで勝ち負けを決めるなんてバカバカしい。
「しかし姫様……」
「あのね、マジェンカ、ヤルヴァじゃない遠い国がいい指導者がいなくて混乱したとき、その国をとりあえずまとめたのはどんな人間だったと思う?
1、名門で性格も普通だけどその時点では心も戦力も弱かった人、2、そこそこ名門で力もすっごく強いけど頭のネジがかっ飛んでた人、3、まあまあ名門で知恵も力も決断力もあった人、4、親の職業も定かじゃない成り上がりであだ名は『サル』だけど、人の心をつかむのと戦争がうまかった人」
「……3……でしょうか……?」
「うん。そう思うよね。でも間違い。正解は4の『サル』なの。
……ねえマジェンカ、本物の強さがあれば血なんか関係ないのよ。私はあなたやイルダールたちにそれを見てる。
……そうだ!私が勝ったらみんなに三つ名をあげちゃえ!功績のあった者は三つ名にするって決めたらみんなもやる気がでるでしょー」
我ながらいい案だ!と嬉しくなり、なぜか無駄にエイエエイオーなんか始めちゃったら、マジェンカの瞳からぽたりと水滴が落ちた。
「エー……レン様……」
「え、ちょっとなんで泣くのマジェンカ?!そんなに私が名前つけるのイヤ?!」
「いいえ……いいえ……光栄で……。やはりエーレン様をお支えすることに決めてよかったと……。
口さがないものたちもいましたし、ルツィア様につく者も多うございましたが、わたくしはエーレン様の目の奥の優しさを敬愛していたのです」
「マジェンカ……」
えー……そんな理由でマジェンカはずっと私についてきてくれたんだ……。
私からしたらその理由の方が有り得ないよ、勝てるかもわからないのに、ただ優しそうだからって、それが尊敬できるからって最期まで味方でいてくれたなんて……嘘でしょ?
「マジェンカ、ちょっとごめんね」
私はマジェンカの体を緩くハグする。マジェンカはびくっと体を固くするけど、私は離さない。
だってマジェンカに泣き顔は見せたくないの。それが嬉し泣きでも。
「あのね、マジェンカ、私が勝ったらマジェンカにかっこいい名前をつけます。これは女帝命令です。名前候補の意見は聞くけど、名前はいらないという抗議は許しません。
それから……もし私が負けたらカタリナを守ってあげて」
「姫っ?!」
「カタリナは優しい子。少し心配だったけどあなたになら任せられる。もし私がいなくなっても歩みを止めちゃいやよ。カタリナにもヴィンセントたちにもよく言っとくから」
「そのような不吉な……!!」
「どんな事態にあってもサイコーの結末を導き出すのが私みたいな戦争屋の務め。もちろん私は負けるなんて思ってないけど、それを過信して対策を用意しておかないのはバカよ。
……重いものを背負わせて申し訳ないのだけれど……私の信頼と言う最大のものをあなたに預けることで許してくれないかしら」
ハグしたままだったマジェンカの顎が私の肩をこつんと押した。
あ、うなずいてくれた。
ありがとう、マジェンカ。自力でみんなの信用を得るまでは私は一人で戦ってると思ってたけど、全然そうじゃなかったんだね……。
私、まだまだ子供だな……。
いい匂いのするマジェンカの襟に顔をうずめながら、私はそんなことを考えていた。
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