第55話 戦闘ルート:絶剣継承

「エーレン様!こちらに!」


 サキと話したあと、騎士団の練武場に向かおうと思っていた私にマジェンカが声をかける。


「お探ししておりました!陛下がエーレン様をお召しに」

「お父様が?」

「約束の物を賜らせると仰せです」



 約束の……もの?


 ……あー!剣か!

 

 うわっ、嬉しい。


「武器庫へ参られよと。わたくしが先導いたしてよろしいですか?」

「ありがとう。お願い」

「ようございました。陛下よりのお申し付け、果たすことができます」


 うん。私もよかったです。

 だって、武器庫への道わからないし。

 

 どうやって自然に聞こうか心臓バクバクだったよ!

 自分のお城で迷子になるお姫様とかシャレにならないじゃん、マジで。


「どうなさいましたか?エーレン様?」

「ううんっ、なんでもない!なんでもないの!」



            

                      ※※※



「来たか、エーレン」

「お待たせして申し訳ありませんでした」

「よい、よい。そなたには何かやることがあったのだろう」


 え……?

 

 ロベルト帝と視線がかち合う。


 ロベルト帝はただ無言でうなずいた。


「まあ今は聞くまい。

 ……マジェンカ、下がれ。護衛の者も室外へ出よ。私とエーレン以外の者は誰もこの部屋へ入れるな」

「承知いたしました」

「はっ」


 マジェンカと騎士が室外へ出ていくのを待ちかねたように、ロベルト帝が口を開いた。


「枢密顧問官の一人、カール=ヨーアンを解任した。表向きは病のためだが、実際はボレリウス宮中伯により汚職の証拠を発見されたためだ。

 ……エーレン、そなたは良い狼たちを飼い慣らしているな」

「お父様……?」


 知られてる?

 私やヨナタンたちのこと。


 『ルツィア様も陛下にとっては娘です』


 いつかヴィンセントが言っていた言葉がまた耳元で聞こえた気が

した。


 大変、どうしよう。

 私だけならまだいいけど、ヨナタンたちまでロベルト帝の怒りを買ったら。

 ううん。私は約束した。どんな責も私が負うって。

 今がそれを果たすときなんだ。

  

 大丈夫。怖くなんかない。


「お父様」


 とにかく何か言おうとした私を遮るように、ロベルト帝は笑ってうなずく。

 そこには怒りなんかかけらもなくて、私はなんだか虚を突かれる。


「よいと言っているだろう。そなたは次期女帝。宮中の者を掌握するのは良きこと。私の敵を排除するのはもっと良きことだ」

「……光栄です、お父様」


 とりあえず、お礼言っとこ。

 喜んでくれてるみたいだし。


「頭を下げるな。この国で誰にも頭を下げぬのは私とそなただけ。

 ルツィアとて、もう例外ではない」


 けど、背後から突然殴り飛ばされたようなその一言で、私の『とりあえず』はふっ飛ばされた。


「お父様、ヨナタンから……何をお聞きに……?」

「馬鹿にするでない。ボレリウス伯からはその件では何も聞いてはおらぬ。だが私も私で手駒は持っておる。それに最近はビョルケンハイム辺境伯もやけにやかましい」


 ああ!あのロマンチストのおじさん!

 パルメ夫人のサロンで言ってた通り、ちゃんとロベルト帝とも話をしてくれてたんだ!!


「マリアンからもな、良くない話を聞く。女人の妄言だと一蹴しても構わんのだが、マリアンが信頼するパルメ夫人の亡き夫はビルト公爵……我が祖父の末弟だ。無視するわけにもいくまい。その上、あの大公までもが王都に滞在されてはな」

「お父様……」

「やめよ。今はあまり多くを語るべきではない。そなたにはフォルシアン公も騎士たちもついておる。その上そなたの狼たちが腐った芽を摘み始めたからには、これからはそなたはそう身を案ずることもなかろう。

 なに、そなたと私は見る方向は違えてはおらぬ。見る方向が同じなら進む方向も同じこと。

 そうではないか?エーレン?」

「はい。その通りです、お父様」


 私は正直圧倒されていた。

 これが皇帝になるっていうこと……。

 一つの国を率いるということ……。

 

「ならばよし。では政治の話はここまでだ。そなたのためにあつらえた剣が出来上がったので手ずから授けようと思ってな」

「ありがとうございます」


 でも、悩んでも仕方ない。

 私は私。

 できることをできる限り、悔いがないようにやればいい。

 みんなと交わした約束を破らないようにすればそれでいい。


「だから頭を下げるなと言っているではないか。___ほら、これを。私が名を付けた。光輝剣クラーラだ。クラーラは古語で『光輝』を意味する。そなたにふさわしい」


 ロベルト帝が壁にかかっているたくさんの剣の中から、細身の剣を降ろし、私に手渡す。


「抜いてみよ。……私はそなたを信頼している。遠慮はするな」

「はい」

 

 そのロベルト帝の言葉に甘え、私はすらりとクラーラを鞘から抜く。


 すごい……!


「……業物……です」

「わかるか!」

「はい。素晴らしい。素晴らしいです……お父様」

 

 私も(本当はいけないんだけど)お父さんの持ってた真剣を触らせてもらったことがある。

 だからわかる。

 これは私がいた日本なら、美術館に収まってるような代物だ。


 クラーラの鍛えられた刀身が光を圧縮したようにまばゆく輝く。

 私の身長と手に合わせた少し短めの刀身と、細めの柄。これなら取り回しに困ることもない。

 刃はとても薄いけれど、こっちは私のために軽くするため薄く作られたわけじゃない。

 限界まで火を入れられ練られ、磨かれたことで薄くなっただけだ。

 でもこれならば、人の髪一本から硬い板まで、きっと自在に切ることができる……!


「良く似合う。我が娘ながら___いや、我が娘だから、か」


 そのとき私は、壁に掛けられた一振りの古びた剣と目があった。


 うん、こんな表現変なのわかってる。

 生きてない剣と『目があった』なんて……。

 でも、それ以外に表現の仕方がなかった。


『私はここよ』


 そう言われた気がした。


「お父様、あの剣は?」

「これか?これはアトロポス。絶剣アトロポス。あの始祖ヨンナが使ったと言われている、運命をも断ち切るという代物よ。ほら、ここにいにしえの文字でヨンナ、と。

 まあ、このような朽ちかけた剣、伝説で皇統に箔をつけるだけのためのものであろうが……」

「いいえ、お父様、これは特別な剣です……!」


 ロベルト帝には見えないの?

 

 私と目が合ったときから、剣の柄に埋め込まれた宝石が目を射るような光を放っていること。

 鞘も淡く明滅していること。


『私はここよ』


 また、声が聞こえた。

 私と同じくらいの、まだ、少女の声。


「お父様、これを私にくださいませんか?いえ、くださるのが無理ならば、貸し与えてくださいませんか?お願いです!お父様!」

「___エーレン!」

「はい!」


 やっぱり無理なお願いだったかな。

 伝説を背負った剣をくださいなんて。

 

「頭を下げる必要はないと言っておろう。どうせこの国はいつかはそなたのもの。ならばこの剣もそなたのものになる。それが少し早まるだけだ。

 よかろう、ヤルヴァ皇家に伝えられし絶剣アトロポス、そなたに下げ渡す」


 それはずしりと重かった。

 ロベルト帝の言うとおり、技巧の粋を凝らしたクラーラとは比べ物にならない。

 無骨で、刃も厚い。


 でもこれは私の物だという確信があった。


 私が手に取ったとき、光は消え、そして少女の声がまた囁いたんだ。


『おかえりなさい』と。その言葉の意味はまだわからないけれど。

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