第53話 運命三相 カタリナ

 ダメだって言う理由もない。


 だから私はとりあえずソファの上にちゃんと起き上がって座って、カタリナを迎える。

 カタリナもとすんと向かいのソファへ腰を下ろした。


「お姉さま……」


 何か言いたげなカタリナの瞳がじっと私を見る。

 あいかわらずそれはとろとろにとろけそうな綺麗な緑だったけれど、どうしてか、最初に出会ったころほどの力は感じなかった。


 ……これがサキの言ってた『ヒロインは『もう』エーレンなんだから』ということ?


「あの……わたくし……」


 カタリナが胸の前に組み合わせた両手を当てた。

 そしてぱちぱちとまばたきを繰り返す。


「お姉さま、騎士たちと練武をなさっているのは本当ですか……?お父さまにドレスや宝石より剣が欲しいと頼まれたのも……?」

「うん。本当。急に私が変わって驚いたかもしれないけど、まあ……国を継ぐって決めて、いろいろあったの。これからの私はこんな感じだから、改めてよろしくね」


 いろいろ、ですませられる範囲じゃもうない気もするけど、と私は遠い目をする。


 だってさ、乙女ゲームに転生して戦うお姫様になって、クーデターを阻止して、異世界人を元の世界に返すってちょっと設定盛りすぎだよね……。


「では、ルツィアお姉さまとのことも……?」

「カタリナ?!」


 その唇からこぼれた言葉が信じられなくて、私は思わず声を上げる。

 けれどカタリナは驚いた顔も見せず、静かにうなずいただけだった。


「やはり、そうなのですね……。

 知っております。知っておりますのよ、お姉さま。わたくしもルツィアお姉さまとお姉さまのことを……」


 そして、そう、つぶやくように言った。


「何を知ってるの?教えて、カタリナ、お願い!」


 私が由真のままだったらきっと、カタリナの肩をつかんでぐいぐい揺さぶっていただろう。

 だってそのくらい訳が分からなかった。

 ヒロインになっていないはずのカタリナが、私とルツィアのことを知っているはずがなかったから。


 でも、目の前のカタリナは私をまっすぐに見つめている。

 あれは嘘をついてる顔じゃない。


「まだ……まだ、言えませんわ。わたくしはあの方に公正な観察者であるよう願われております。その役目を果たすことがいまのわたくしのすべて……」


 カタリナが、か細いけれど凛とした声で告げた。


 私が死ななければ覚醒しないはずのカタリナ。

 

 でも不思議なことに、そこにいたのはゲームで見た、前線に立つ白薔薇姫そのものだった。


「どうぞ……お姉さまはお姉さまのいくさを為してくださいまし……。わたくしはいまのお姉さまのなさっていることが正しいと思っております……。今日、わたくしが観察者であることを告げたのもその証明……ルツィアお姉さまも誰も……このことはご存じありません」

「なら教えてってば!あなたは何を知ってるの?あの方って誰?何を観察してるの?」

「……それは……迷っております。本当に申し訳ないことでございます。……いまはそれだけ……」


 カタリナが目を伏せる。

 震える長いまつげが白い頬に影を落として、それはそのままカタリナの心を現しているようだった。


「でも、お姉さまがこの国のために戦われる限り、わたくしはお姉さまの味方ですわ。それだけは疑わないでくださいまし」


 振り絞るようにそう言ったあと、カタリナはもう一度私を見つめる。

 まるで、私の中の誰かを探すように、静かに、深く。


 もしかして……カタリナも知ってるの?

 エーレンの中身がエーレンでなくなっていること。


「カタリナ、一つだけ聞かせ……」


 その私の言葉を遮るように、カタリナは立ち上がった。


「どうか……いまは何も聞かないでくださいまし、お姉さま。わたくしは先ほども申し上げた通り、公正でなければなりません。お姉さまのことを信じたい……。

 でもそれにはもう少し、時間が必要なのです」

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