第52話 運命三相 エーレン

 王城地下から部屋に戻った私は、くったりとソファに伏していた。


「エーレン様、さすがにその格好は行儀が悪うございます」

「ごめんなさい、マジェンカ。でもね、すっごく疲れちゃったの。しばらくこのままにさせて」

「それほどお疲れならば寝室へ……」

「本気で寝ちゃうからそれはダメ。私、今からいろいろ考えないといけないの」

「……左様でございますか」


 すっとマジェンカが下がり、しばらくの間のあと、カラカラとワゴンを押して戻ってくる。


「マジェンカ……?」

「お口を涼しくさせる飲み物と軽食です。エーレン様は少々お痩せになったご様子。空腹では戦はできぬと申します。エーレン様のお悩みなどわたくしどもごときが軽々けいけいに測れるものではありませんが、すこしでもお手伝いになれば、と」

「ありがとう。あなたがいてよかった。……この際だからもう侍女頭になっとく?」

「若輩者に役職など……ご遠慮申し上げます。ご思考の邪魔にならぬようわたくしは下がりますが、ご入用のものがあればまたお申し付けくださいまし」

「りょーかい。あなたには、心配かけてばっかりね」

「それがわたくしの職分でござりますれば」


 マジェンカが微笑う。


 いつも黒いメイド服をきっちり着て、真面目な顔をしているマジェンカ。

 でも知ってる。笑顔はすごく可愛いんだ。

 その笑顔がなんだか嬉しくて、私は手を振ってマジェンカが控えの間に下がるのを見送った。


 それから私はのたのた起き上がって、マジェンカが差し入れてくれた飲み物とお菓子を手に取り……ってなにこれ、おいしー!!しゅわーっとしてて、サイダー!微妙に違うけどでも充分サイダーだよこれ!!


 あー、乙女ゲームの世界でサイダーが飲めるなんて……神様ありがとうございま……。


 いや、お礼なんて言わないから、神様。

 私をこんなややこしい目に遭わせて。


 とりあえず物事を一から整理してみよう。


 あのあと、王城地下で私はヴィンセントとヨナタンに銃を撃って見せた。

 2人にも撃たせてみた。


 リアクションはだいたいイルダールたちと同じ。

 2人とも銃に接するのが初めてなのは間違いない。


 でも、ヨナタンは何かを知ってて隠してるだけかも。


 だってヨナタンはゲームにも出てこないジョーカーだし。

 しかも、攻略本には『白薔薇の帝国』の隠し要素としてそっけなく書いてあっただけの王城地下が存在する本当の意味も知ってた。


 あーあ。もしかして、全部話してもらうためには単純に親密度や権勢度が足りないだけなのかな?


 はふ、と私はため息をつく。


 もうこのゲームの攻略は手探り。

 もし攻略本を持っていてもこうなったら役には立たない。


 それに、ルツィア……。


 私の知ってる赤薔薇姫ルツィアはあんな台詞は言わなかった。


「二度負けるなんて許さない……か」


 どういう意味なんだろう。

 

 私の知っている『白薔薇の帝国』では、ルツィアが戦うのはカタリナとだけ。

 負けるとしたらカタリナに一度だけ。


「あとはうんめーとかなんとか……」


 このゲームでいちばんそれに苦しめられてるのは、由真なのにエーレンになっちゃった私だと思うんだけど、どうしてルツィアが?


 ルツィアは自分の意思で叛逆し、妹の白薔薇姫カタリナと戦ったはず。

 この国を手に入れるため。


 もちろんルツィアは第一位皇位継承者だからデフォでルツィア側につく人間も多くて、序盤の戦闘パートはけっこう苦労したんだよねー。

 それを攻略してひっくり返してくのも楽しかったんだけど。


 でも、運命なんてものは『白薔薇の帝国』を何度かクリアして、隠しルート寸前まで行ったけど一度も出てこなかった。


「うーん……わかんない」


 唸る私の頭を、ふと、サキが見せてくれた本の挿絵がよぎる。


 それは、ルツィアそっくりだった悪神イハの肖像画。

 そして、由真だったころの私にそっくりな女神ヨンナ。


 もしかして、そこに鍵がある?

 ルツィアも転生者?


 あー、でもそれじゃあ『二度負ける』の意味がわからないな。

 キトさんへの執着もわからないし。キトさんのことをユゼって呼ぶ意味もわからない。


 ここはサキにもう一度文献を調べてもらって……。


「あ!忘れてた!」


 私は思わず声に出す。


 ううー。色々あったからサキがなんで光るのか聞きそびれちゃったよー。

 本のことお願いするときにそのことも聞かなきゃ。

 それから、それから……。


 ぐるぐる回る頭の中。


 それを断ち切るようにマジェンカの声が響いた。


「エーレン様、カタリナ様がお見えです。お通ししてよろしいでしょうか?」

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