第51話 転移者たち~聖譚~
重い沈黙が場を支配していた。
もう敵は去ったのに、今から大試合が始まるような。
私も何を言うべきか迷う。
ううん。何を言ったらいいかわからなかった、というのが正しい。
そのとき、背後から澄んだ声が聞こえた。
「城内での直接対決は避けられたようで何より」
振り向けば、ヴィンセントが軽く微笑んで首を振るのが見える。
あー、きっと私を安心させてくれようとしてるんだな。心配、かけちゃったかな。
「そうね」
だから私も銃のセーフティをかけ、それを片手で捧げ筒しながら笑ってうなずいた。
こんなこと、これからきっと何度でも起こる。
でも平気。
そう、自分に言い聞かせるように。
「なんと美しい。神をも従わせるがごときその姿、威容、まさにいくさ場の女王」
そして、これもいつもと変わらない声と言葉に、私は思わず声を立てて笑いそうになる。
ほんとにもう、こんなときにまで。
ううん、こんなときだから?
「お世辞はいいのよ、ヨナタン」
「本心からですよ。姫が『神器』と呼ぶものの闇のような黒さと、姫の陽の光のような金の髪。
まさに戦神とはこのようなものだと____」
「それ以上言うと神の雷があなたを撃ち抜くわよ?」
私はふざけて銃の筒先をヨナタンへと向けると、彼は慌てて飛び退く。
まだセーフティーの説明も何もしてないから、本当に何かされると思ったんだろう。
「これは御勘弁を」
「して、姫、その神の雷とはどのようなもの……?」
尋ねてくるヴィンセントを笑顔と手で軽く制して、私はまた銃を捧げ筒に持ち替えた。
「ちょっと待っててね。『神器』の力はすぐに見せるわ。その前に……」
私は急ぎ足で地下牢に向かい『開錠』で鍵を壊す。そして、うるんだ目で唇をかみしめたままのサキへと向かい、銃を床に置き、その小さな体を力いっぱい抱きしめた。
「ごめんなさい」
「なんで……エーレンが謝ること……ない」
かすれた声。
どのくらいの力で声をあげて泣くのを我慢したんだろうと思うと胸が痛い。
「だって、私、またキトさんを助けられなかった。サキとの約束守れなかった。これが試合なら……もう失格よ」
「ばか」
「え?」
「エーレンのばかばかばかばかっ。なんでぼくより泣きたそうな顔してるの?キトのことなんかエーレンに関係ないでしょ?なのになんで?エーレンはばかだ。ばかだよぉ……」
サキの体がとすんと私の腕の中に納まる。
「サキ……」
「なんにも言わないで。あそこのおじいさんとも話したでしょ。エーレンが泣いたら助けてあげるのはぼく。エーレンの涙を拭いてあげるのはぼく」
そう言うサキの方がよっぽど涙声だったけど、それを言うのはよそう。
「だからぼくは平気。エーレンはキトを必ず取り返してくれる。今は無理でも。エーレンは約束を破らない人間だってぼくは信じてるから、大丈夫、だから」
「ありがとう……サキ」
私はサキのつややかな髪を静かに撫でた。
もう、それしかできなかった。
沸々と心の中に込み上げてくるもの。
私はけして挫けない。折れない。負けない。
そうよ。
この子一人守れなくて、どうやってこの国を守るの?
私の中でまた一つ何かが変わっていく。
私が戦うのは生き残るため、この国のため。
でもいちばん大切なのは、守るべき『誰か』のため。
そのために、私は剣を取り、銃を撃つ。誰にも、誰にも容赦なんてしない___!
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