第48話 禁域ルート:遺産
「これは……どういうことだ……」
『王城地下への階段』の壁を私の『開錠』スキルですり抜けた時、ヴィンセントはイルダールたちと同じような声を上げた。
大公もさすがにここのことは知らなかったのか、ただ私が前へ進んでいくのを黙って見ていた。
意外なことに、興味深そうに、少し楽しそうにあたりを見回していたのはヨナタンだった。
「そうか。ここか。親父が言ってた薔薇の部屋は……名前の割に随分殺風景だな」
「……どうして知ってるの?ヨナタン?」
私は思わず顔をしかめる。
ヨナタンのことは信用してる。
でも隠しルートの奥の奥のことを、私がプレイした『白薔薇の帝国』には出てこなかったキャラになんでもないことみたいに言われたら、なんで?って思うじゃない?
「俺は謀略のボレリウス。フォルシアンが帝国の弓手なら俺の家は馬手。見られてはいけない物を管理するのが仕事です。……親父が完全に俺に仕事を継がせる前に脳病になってしまったので、知らないだろうこともたくさんあるかとは思いますが。
___大公も、ここのことは御存じないでしょう?」
「ああ。知らぬ」
大公が周りを探るように見ながらうなずく。
「ここはいつか来る日のために薔薇姫のために造られた部屋なんです。いつからあるのか誰も知らない。誰が作ったかも知らない。その日に何が起きるのかもわからない。ただここに入れるのは選ばれた薔薇姫だけ。ボレリウス家の伝承ではこの薔薇の部屋は女神ヨンナの最後の遺産だとも。
……まあ、さすがにそれは眉唾だとは思いますがね。ただ……皇帝が男である時は何も起きない。女帝候補___薔薇姫___が産まれた時にだけ、何かが起きるから管理を怠るなと、我が家に語り継がれてきました」
「おまえ、そんなこと一言も……!」
つかみかかるようにするヴィンセントをするりとかわし、ヨナタンは肩をすくめた。
「ダチだってそれとこれとは別さ。これが俺の仕事だ。ヴィンセント、おまえだって俺に仕事の全部を見せてるわけじゃないだろう?」
「……確かにな。フォルシアン家とボレリウス家は相反する家だ。俺たちがうまくやってることの方がおかしいくらいに」
「だろ?……大公も、俺たちにはお話にならないいくつものことがあると思います。俺はそれをお聞きしません。この薔薇の部屋のように、必要になれば話してくださると思っているからです。
申し訳ありません、姫。本当は俺があなたをここに案内するはずでした。ですが、親父は俺にここを教える前に……俺以外の誰がここを知っていて、姫に教えたのか……情けないことです」
めずらしくヨナタンが真面目な表情で頭を下げるから、私はついその頭をサキにするようによしよししてしまう。
サキは『知らないからねっ』と言いたげな顔で私を見てたけど、こういう癖をつけたのはサキなんだからー!
……って、人のせいにしちゃダメだよね。うん。
とりあえず、変な空気にならないように私はなるべく凛、と笑ってみせる。
こんなの当たり前だよって感じで。
「大丈夫。教えてもらわなくても知っていたから。私、ここ、自分で見つけたのよ。誰にも教わったりしてない。だからヨナタン、あなたも情けなくなんかない」
「知って……いた?」
ヨナタンのぽかんとした顔がおかしい。元がかっこいい分。
「ど、どこで?!どこでご存知に?!」
『白薔薇の帝国』の攻略本で、と答えたら今度はどんなリアクションが帰ってくるかな、とちょっと頭をかすめたけど、そんな意地悪はやめておこう。
「私は黒薔薇姫エーレンよ。ルツィアと戦うと決めた時から私はたくさん考えて、たくさん探したの。どうしてこの手に『鍵』を開ける力があるのか、とか、ならどこの『鍵』を開けるための力なのか、とか。ただ、ここがなんのためにあるかはよく知らないんだけど……たぶんそれはヨナタンの方が詳しいわ」
「まったく、あなたという人は……あまり1人で無茶をしないでいただきたい。少しは俺たちを頼ってください」
「そうだ。俺たちはあなたのためにいるんだから」
ヨナタンとヴィンセントに交互に詰め寄られ、ちょっと気まずくなった私はぺこんと頭を下げた。
「ごめんなさい。でも、これが私の性分なの」
「そのような言葉で片付けられては困ります。姫は唯一無二……」
「なぜ姫はご自分の価値を理解しない……」
「だからごめん!ごめんってば!」
2人にお説教され続けている私を大公が笑って見ている。
あ、よかった。サキも笑ってくれた。
あの透き通る青い目が涙をこぼしてない。それが私は無性に嬉しかった。
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