第47話 転移者たち~ハッピーエンドを取り戻す~
予定はすべて変更。
私はヴィンセントとヨナタンにマジェンカを通して緊急招集をかけた。
ルツィアは堂々と私に宣戦布告してきた。
だからもうこちらも隠す必要はない。
サキも大公の親戚のお子さんと言うことにして、普通に王城に入らせる。
「姫?いかがされました?急に」
ヨナタンが不審げな顔で問いかける。
うん。しょうがないよね。
いきなりだし、夫人のサロンでなくて王城への呼び出しだし、ヴィンセントもいるし。
私も本当はここまで急なことはしたくなかった。
でも、ルツィアがあそこまでこのゲームの中の『真実』に近づいてしまっているなら……。
私は困った表情を表に出さないようにして、ヨナタンに聞く。
「ヨナタン、あなたがスパイだということはバレてない?」
「……俺の知る限りは完璧に。ヴィンセント、お前の情報網の方では俺の評価はどうなっている?」
ヨナタンが、横に座るヴィンセントへと顔を向けた。
ヴィンセントも私のことをいぶかしげに見てたけど、ヨナタンにそう聞かれ、彼の方へ向き直る。
「宮中伯の権力を落とさないために、姫とルツィアを天秤にかけ、ルツィアに尻尾を降るのを強めた。
やはり謀略のボレリウスはそれ以上でもそれ以下でもない、と」
「ひどい言い草だ」
「おまえがうまくやっている証拠だ。俺は瀬戸際だと言われている。このまま中央に権力を残すか、地方貴族として衰えていくか。こちらもいいことだ。俺たちの繋がりに気付いている人間は今のところ、皆無だということだからな」
ふ、とヴィンセントが微笑った。
ヨナタンもそれに微笑み返す。
「まあな。まだ俺の本性を知られてない。それはいいことだ。
……というわけですが、姫?」
「俺も保証しますよ。こいつは誰にも気取られてはいない。今日のこの会談も、コウモリ二匹が必死であがいていると思われるだけでしょう」
「そう……ならいいのだけれど。あなたの身まで危険にさらしたくはないから」
私が思わずうつむくと、ヨナタンが身を乗り出してくる。
「どういうことです?」
「……ルツィアは、私が思うよりずっと先を歩いていたの。
この子を見て」
私は次の間のドアを開け、大公とサキを招き入れる。
見たこともない人間の姿を見て、ヴィンセントとヨナタンが体を固くしたのがわかった。
サキもちょっと立ち止まったから、その肩をぽんぽんと叩いて、大丈夫、と笑って見せる。
「サキ、二人にご挨拶を」
「ん。ぼくはサキ・ドゥです。こんにちは」
ぺこんと頭を下げるサキ。
そして、心細げに両隣の私と大公をちらちらと見る。
「大丈夫!このお兄さんたちは味方!真面目そうな方がヴィンセントで、そうじゃない方がヨナタンよ」
「ちょ、姫、それはいくらなんでも……」
「日ごろの行いの報いだな」
「その通りだ、ボレリウス伯」
「大公まで……。俺はわざとバカを演じてるのに……」
ヨナタンは口をとがらせたけど、ごめん、おかげでサキがすこし笑ってくれた。
ずっと、泣くのを堪えていたサキが。
「この子は大公の遠縁の息子さんということで王城に出入りさせることにしたけれど、本当は、違うの」
私はすうっと息を吸い込んだ。
ヴィンセント、ヨナタン。どちらも私が心から信頼する仲間。
私はそれを、これから口にする一言で失うかもしれない。
大公は大丈夫だと言ってくれたけど……他人の保証を信じるなんて勝負の場ではあるまじきこと。
信じるのはただ自分だけ。
そして、私は……この方法がいちばん正しいと信じてるんだから……!
「サキは……こことは違う世界から来たの。もう一人、別の世界から流された人がいて……その人を探していたんだけど……その人はもうルツィアの手に落ちていたわ」
サキがすんとまた鼻をすする。
宝石のような青い瞳には、泣いたせいで、痛々しいような血の赤い色が浮いていた。
ヴィンセントとヨナタンは呆気にとられたような顔をしている。
今にも「冗談」という言葉が飛び出してきそうだ。
「うん。二人の言いたいことはわかる。まるでおとぎ話よね……。でも、信じて欲しいの。私たちがルツィアに勝つためにはサキの力も必要なのよ。『神器』と呼ばれる強い武器があって、それを増やせるのはサキだけだから。だから本当はもっと場を選んで紹介するつもりだった。
でも、もう猶予はないの」
私は2人には見えないように拳を握った。
これも一つの戦い。
私が皇女として部下をきちんと扱えるか。従ってもらえるか。
今までみたいに、フラグに頼らないで。
「サキが探していた人はルツィアの元にいて……サキのことを忘れていた。
その人がいればサキはもっと強い力が使えると言うけど、私はそんなのどうでもいいのよ」
「エーレン……?!」
サキが驚いたように私の顔を見上げる。
それに「大丈夫」と小声で返して、私はまた、ヴィンセントたちへと視線を戻す。
「私が戦いを始めたのは、私が生き残るため、そして生き残ってみんなが幸せになる世界を作るため。誰かが犠牲になるなら、そんなもの、いらないの。犠牲になるとしたらこの戦いを始めた私だけでいいの」
「姫……!」
「そんなことは……!」
口々に何かを言おうとする二人を手で制して、私はなるべく綺麗に笑って見せた。
この国を守る皇女なら、こんな顔をするだろうという笑い方で。
それに、ただ、大公だけが満足げにうなずいてくれていた。
私の考え方もかなり変わったな。
はじめは自分だけが生き残ればいいと思ってたけど___。
「いいの。いいのよ。ルツィアを倒し、この国を自由と平和の国にできるならば、私は石碑に名前を刻まれ、生き残ったあなたたちが宰相となればいい。後継者だっていくらでも優れた人間をあなたたちが選んでくれるでしょう。
でも……サキはこの国には無関係なの。力を貸してくれるとは言ったけど……この国のためにサキに何か失わせるなんて許せないの、私が」
そうよ。許せない。サキは犠牲になる必要なんかない。
なのに、私たちに巻き込まれて、『誰か』に役目を背負わされて、逢いたかった人に忘れられて……。
そんなの、私の望んだハッピーエンドじゃない。
乙女ゲームはいつだってハッピーエンドで終わるんだから。
「論より証拠。今から、あなたたちが私が話したこと全部を納得できる場所に連れて行くわ。
……大公、随分と早くなってしまいましたが、神器の置き場へとご案内いたします。さあ、参りましょう」
私は勢いよく立ち上がり、まだ戸惑った顔をしているヴィンセントとヨナタンにも立ち上がるように促す。
向かうは王城地下。
私の、黒薔薇姫の支配する聖域。
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