第41話 禁域ルート:告白

「今日はこのくらいにしておくか。年をとると技術はまだしも、体力がついていかなくていかん」


 木剣を壁に元のようにかけ直し、大公が稽古の終了を告げる。

 そんなこと言ってるけど、周りの騎士たちの方がへばってる気がするんですが……。

 でも、見ているだけでも、大公の剣術はすごく勉強になった。

 小さな動作なのに騎士の体を簡単に床に倒す重い打撃。しかもそれはときどき目視するのも難しいくらいの速さ。

 確かに動作を大きくすればその反動で大きな力を使える。

 でも、そこには動作の大きさの分だけどうしても隙ができる。

 ならばその隙をなくせばいい。

 言葉にするのは簡単だけど……普通はできない。

 自分に向かってくる相手の力を最大限まで利用して、それを逆に相手に返す。だから大公の動きは本当に小さいのに、相手は面白いように吹き飛んでいく。

 私のいた世界なら、合気道とでも言うのかな。

 とにかく、この人は本当に『軍神』だったんだ、と思う。

 これでこの人に両目があったままだったらどんな戦いを見せてくれたんだろう?

 きっと私には見たこともない世界が見えたんだろうな……。


「さて、お嬢さん、こちらの用事は終わった。次はお嬢さんの番だ」

「あ、はい。騎士団のために設置した夜戦訓練場を見ていただきたいんです。イルダールたちの意見も容れましたが、ぜひ大公にも意見をいただきたく……」

「お安い御用だ。案内を頼む」

「姫、よろしいのですか?」


 イルダールが心配そうに私に問いかける。

 当然だよね。

 あそこは本当は夜戦訓練場なだけじゃないから。

 しかも、イルダールには内緒だけど、今日はサキもあそこに待機させてる。

 私も、すこし怖い。

 でも、私が怖がるわけにはいかないの。

 私はいつものように私は無謀なほどまっすぐな黒薔薇姫エーレン。

 立ちふさがるものはすべて打ち倒す戦姫。

 そうよ、そうでなければ彼らに命令する権利なんてない。


「ええ。この方には見てほしいの。大丈夫よ」




                       ※※※




「夜戦訓練場とはお嬢さんも目の付け所がいい。夜の強襲に対応するのは骨だからな」

「……本当は、それだけではないんです」


 にこやかに洞窟の中に入っていく大公とは対照的に、私の心臓はものすごい勢いで脈打ってる。

 イルダールにはああ言ったけど本当に大丈夫?

 私がしようとしてることは間違ってない?


 息を深く吸い込んで。


 これも一つの試合。もう号令はかけられた。止められない。あとは勝つか負けるか。

 私は自分が『間違ってる』なんて思って試合に挑んだことはない。

 そうでしょ?由真。

 いまだけ、すこしだけ、エーレンではなく、私は由真に戻るの、

 あのころの私に。



                  ※※※



 予想通り、大公がぴたりと足を止めた。

 ランタンの灯り以外に光るものを見つけたからだ。

 それは____サキ。

 いつものように、小さな体に月のような淡い光をまとわりつかせてる。


 「あー、やっと来た!エーレン!」


 退屈そうに岩に腰かけていたその体がぴょんと床に降りて私たちの方へ駆け寄ってくる。


「大公、まず彼を紹介します。サキ・ドゥ。うまく説明はできませんが……私たちの強力な味方です」

「こんにちは、おじいさん。サキです」


 サキはイルダールたちにもしたように、大公にも律儀にお辞儀をした。


「サキ、こちらの方はロルフ・エーリク・ハグストレーム大公。普段は『大公』と呼んでね」

「はーい。こんにちは、大公!」

「光る……異形……?」


 反射だろう。刀に手をかけた大公の手に「おやめください」と私の手を重ねる。


「いいえ。サキは異形ではありません。はぐれてしまった友人を探している……別の世界の人間です」


 私はもう一度深く息を吸い込んだ。

 大公は信じてくれるだろうか?

 サキのことだけじゃない。

 これからする私の告白を。


「そして、大公、私もエーレンではありません。私は由真。

 サキと同じように別の世界から来て……エーレンとして生まれ変わった人間です」

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