第35話 黒薔薇姫とサンテーヌの女王Ⅰ
「まあ、いらっしゃいまし。
こうして見るとやっぱり可愛いお嬢様ですわね。ボレリウス宮中伯、早くわたくしの紹介をしてくださいな」
ドアマンがドアを開けてすぐ、玄関ホールのソファに腰かけていた女の人が立ち上がる。
年齢は60代くらいかな?若いころはすごく可愛らしかったんだろうなーという感じの、ていうか、いまでも充分可愛いふくよかなおばさま。
ふくふくした白いほっぺに淡いピンクのドレスがよく似合ってる。
「はい。姫、御紹介申し上げます。こちらの方はパルメ・カロリーヌ・ビルト公爵未亡人、『サンテーヌの女王陛下』にございます」
「いやだわ。本物の殿下の前でそんなことおっしゃらないで」
「この麗しいサロンの主人はパルメ夫人ですから、そのようにご紹介したまでですよ」
「相変わらずあなたは女を喜ばせることに掛けては一流ね」
「ほかは三流ですから、せめて、美しい花々に喜んでいただければと。
夫人、ご紹介申し上げます。こちらはご存知の通り、黄薔薇姫エーレン・アウリ・ヤルヴァ殿下です」
「はじめまして、パルメ夫人。夫人の高名なサロンにお招きいただけるなんて、またヨナタンの悪い冗談かと問い詰めてしまいましたわ」
「あら、わたくしこそ、姫が来てくださるなど雄鶏が卵を産むようなことだと思って、きっとお断りが来ると思っていましたのよ。
さ、中に入ってくださいまし。皆さんがいらしておりますわ」
※※※
『で、どうやって護衛をまいて王城を出るの?』
『考えがあります。姫、箱詰めにされることには慣れていますか?』
……慣れている、と答える人がいたらその人の職業を聞きたい。
『慣れてるわけないでしょ』
『まあそうでしょうね。けれど我慢していただきたい。俺はいつものように、姫への贈り物を持って王城を訪れます。宝石の入った小箱、花束、それに何着ものドレスの入った大きな箱も持って』
『ドレスはもういりません』
『安心してください。中は空です。そして、ぜひ姫に手渡ししたいとマジェンカと一緒に姫の部屋へ入ります。しばらくしたら姫は箱の中へ。マジェンカは控えの間に戻り、俺はドレスだけはお気に召さなかった、と箱だけを持って帰ります。マジェンカならば信頼できますし、これがいちばんスマートな方法でしょう。最近の姫のドレス嫌いは有名ですからね』
にこにこと機嫌のよさそうなヨナタンの顔を見て、私の頭をある一つの悪い想像がよぎる。
『一つ、不安なことがあるのだけど』
『なんです?俺はこれでも宮中伯ですよ?付き人なしでの王城の出入りに不安など……』
『違う。ヨナタン、あなた、その箱を持って歩けるの?真剣に心配なんだけど』
『いくら俺が非力でも、姫の軽い体なら馬車まではなんとかたどりつけると思いますが……あの、落とされても悲鳴はあげないでください』
ああ……落とすこと前提なんだね……。
『わかりました。でもなるべく少ない回数にしてね。あとは階段からだけは絶対に!落とさないで!死ぬから!』
『それはもちろん!中身はドレスだという名目ですから、軽々と持ってみせますよ!』
なんだか妙に自信ありげなヨナタンのホストな細い腕や腰を見て、私はさらに不安になった。
落とす。
この男、絶対に落とす。
そして予想通り床に落とされること二回、それでもなんとか誰にも気取られず、私は王城を抜け出すことに成功した。
私がいない間は控えの間のマジェンカが、『姫は兵法書を集中してお読みになっているので、どなたも入れてはならないと命じられております』と訪問者をシャットダウンしてくれる仕組み。
まああまり長い間それをするのも変だから、その辺の時間調整はヨナタンにすべて任せた。
自分のことを謀略のボレリウスと言うだけあって、ヨナタンはこういう手配がうまい。
……私のことは床に落としたけど。
いくら稽古で打撃に慣れてたって痛いものは痛いんだからね、もう!
そのあと私はヨナタンにいかがわしい場所に連れて行かれて……今度こそ刺し殺そうとしたら、サロンにふさわしい髪型やドレスに着替えてもらいたいだけです、と逃げ回るヨナタンに諭された。
お忍びで出かけたい貴族が待ち合わせや着替えによく利用する場所なんだそうだ。
……とりあえず、説明をちゃんと聞かないで襲い掛かろうとしたことは謝りました。
今度からは話を聞いてから襲い掛かります。
おかげでいまの私は苦手なずるずるの長い裾のドレスを着せられて、どうやったらこんな形になるんだろう?と思うほど盛りに盛った髪に宝石をデコレーションされてる。
しかもいま案内されてるお屋敷の中も中尊寺金色堂並みにきらめいてる。
とにかくどこをみても視覚の休まる暇がない。
自分やまわりがあまり豪華なのもある意味目へのいじめだと思うんだけどなあ……。
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